被災地で進む新しい挑戦や地域の魅力を特集記事で紹介します。

NPO法人@リアスNPOサポートセンター/いわて連携復興センター 代表理事 鹿野順一氏

あれから7年近くが過ぎた今、釜石が「俺の町」ではなくなりつつあるかな、というのが正直な気持ちだ。震災から3年経ったあたりから「そうなったら嫌だな」という思いが、現実になりつつある不安を感じている。どこか「他人の町」になってしまっているのではないか。そんな危機感がある。(2018年2月18日掲載)

一般社団法人気仙沼地域戦略 理事/リクルートライフスタイル じゃらんリサーチセンター 研究員 森成人氏

木々が生い茂る山奥に、薄い壁を隔てただけの簡素な仮設住宅。2013年4月、僕は丸の内のビジネスマンとして「復興支援」の任務を背負い、見ず知らずの町・気仙沼へ送り込まれた。大阪と東京しか知らず、地域活性なんて右も左もわからない僕にできることは、何だろうか。(2018年2月13日掲載)

インターン_1.jpg岩手県で若者が主体的に活動するためのネット―ワークづくりをサポートする「NPO法人wiz(ウィズ)」(以下、wiz)。就業体験プログラム「IWATE実践型インターンシップ」やクラウドファウンディング「いしわり」のほか、U・Iターン者の支援などの活動でアクションすることを岩手のスタンダードに。

一般社団法人東の食の会 事務局代表 高橋大就氏

震災後の約7年間、歴史や社会の変化をこれほどダイナミックに肌で触れる感覚を味わうのは、初めてだ。2011年3月12日、福島第一原発1号機が爆発した映像を目にした瞬間、私の中で何かがはじけた。すぐにそのとき働いていたマッキンゼーを休職し、災害支援を行うNPOと契約して仙台へ向かった。(2018年2月7日掲載)

一般社団法人ワカツク 代表理事 渡辺一馬氏

数多くの変革者やチャレンジャーが生まれた。それが、震災後の東北で起きたポジティブな変化だ。被災地には、従来の経済合理性ではないものに価値や生きがいを見出し、社会や地域のために活動する人が東北内外からたくさん押し寄せた。さらに、そうした挑戦者を支えたり、あるいは触発されて自ら起業するようなプレイヤーも生まれた。(2018年2月4日掲載)

後4_創業本気プログラム前日リハーサルの様子.jpg東日本大震災で、甚大な被害に見舞われた宮城県女川町(おながわちょう)。津波が町を呑み込み、一般家屋の約7割が全半壊、死者、行方不明者は人口の1割近い827名に及んだ。その復興、まちづくり、人づくりに取り組むNPO法人のひとつが、小松洋介さんの立ち上げた「アスヘノキボウ」である。

前3_アスヘノキボウメンバーのみなさん.jpg東日本大震災で、甚大な被害に見舞われた宮城県女川町(おながわちょう)。津波が町を呑み込み、一般家屋の約7割が全半壊、死者、行方不明者は人口の1割近い827名に及んだ。その復興、まちづくり、人づくりに取り組むNPO法人のひとつが、小松洋介さんの立ち上げた「アスヘノキボウ」である。

(写真7)「未来への学び」勉強会(2017年8月25日開催)/ロールプレイングの様子.jpg災害とそれに続く復旧・復興支援活動は、多くの教訓を残す。それを体系的に整理し記録、公開するのが、IT企業、グーグルによるプロジェクト「未来への学び」だ。ばらばらな団体・個人の経験を共有の財産にする試みは、IT時代の語り継ぎといえるだろう。

認定NPO法人カタリバ 代表理事 今村久美氏

ビールとワインの空瓶が部屋中に転がり、テーブルの上にはタバコの灰が散らばっている。あれは、震災後1年のとき、私たちが現地で自らの支援がニーズに即しているか、課題解決となっているかを検証するために家庭訪問をしていた。そこで目に飛び込んできた光景が、どうしても忘れられない。(2018年1月31日掲載)

NPO法人ETIC. 理事 事業統括ディレクター 山内幸治氏

小学校には、保健係や図書係などの様々な「係」がある。社会を「学校の教室」という小さな単位に例えた場合、あなたは「何係」だろうか?震災後、多くの個人や組織に芽生えたのは、そうした社会におけるそれぞれの「役割の再定義」だったのではないか。(2018年1月29日掲載)