被災地で進む新しい挑戦や地域の魅力を特集記事で紹介します。

漁に使う巨大なロープや金具、タコを捕まえるカゴ。約8mの高さまで積み上げられた、魚を入れる発泡スチロール製の魚箱。重さ100Kgを超える四角い氷の塊。見たことのない光景に、子どもたちが目を丸くする。

コミュニティの再構築などを目的に始めた、オーガニックコットンの栽培と収穫。通称、「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」。吉田さん率いるザ・ピープルが直面した課題の1つは、国内での原綿の卸価格が想定外に低いことだった。

太陽の光が差すコットン農園に、言葉を交わしながら農作業する人たちの笑い声があふれる。優しい茶色を帯びたコットンは、「備中茶綿」という珍しい日本在来種だ。NPO法人ザ・ピープル(いわき市)は、いわき市内の農家や有志に呼びかけ、2012年4月から有機農法でのコットン栽培を始めた。環境に配慮した方法でのコットンの栽培を通して、人々の交流の場をつくることを目的にした取り組みだ。

「逃げろー!」。突如、大きな声が響き渡った。紙芝居をしながら大声を出す男性の一挙手一投足に、子どもたちが息を飲むように見入っている。これは、大船渡津波伝承館が実施している津波の脅威と避難の大切さを伝える活動の一幕だ。

巨大な濁流が建物を次々となぎ倒し、そこにあったはずの町が跡形もなく飲み込まれていく。震災発生当日の2011年3月11日に、大船渡市で撮影された映像だ。JR大船渡駅前にある大船渡市防災観光交流センターでは、当時の被災の様子を伝えるこうした貴重な映像や写真が今も展示され、津波の恐怖や防災の重要性を後世につなごうとしている。

一帯が色鮮やかな緑色に光り輝く農園で、手足が不自由な障害者たちが黙々と苗を植えたり、懸命に収穫作業を行っている。震災後に発足した遠野まごころネットが、同県大槌町と釜石市、遠野市に切り拓いた農園の風景だ。

白石ファーム 白石長利氏

俺が8代続く小さな農園を継いだのは2003年、21歳のときだった。伝統を引き継ぎつつ、俺の代で新しい農業のスタイルをつくりたい。そう思い、農業高校・大学時代から学んできた無農薬・無化学肥料の自然農法を導入した。正直言って、当時は今ほど頑張らなくても、野菜はそれなりに売れ、それなりに稼げた。(2018年3月20日掲載)

一般社団法人MAKOTO 代表理事 竹井智宏氏

360度、見渡す限り瓦礫の山。自然に元通りに戻ることはなく、誰かに任せておけば片付くものでもない。「何かしないと」「自分が動かなければいけない」。目撃者の心の中に、本能的にスイッチが入った。それは何も、東北にいた人たちだけではない。テレビであの惨状を目の当たりにした日本中の人たちが、当事者意識を呼び覚まし、心を起動させた瞬間だった。(2018年3月19日掲載)