
読み聞かせのあとは、貸し出し絵本の選書
地域のお母さんたちが趣味の延長で始めた読み聞かせグループ「おはなしころりん」。図書館で、学校で、公民館で、自分たちも楽しみながら絵本や紙芝居の世界を伝えてきた。ところが東日本大震災が日常を一変させた瞬間、彼女らの活動もガラリと色を変え深まった。“おばちゃん”ならではのコミュニケーション力としなやかさ、たくましさで、住人と地域全体を元気づける活動を息長く展開している。
避難所での読み聞かせから移動図書館へ
大船渡市の中心、JR盛駅前通りの一角に「おはなしころりん」の看板がかかる。中へ入ると壁一面の絵本、積まれたコンテナにも大量の絵本と紙芝居。朝9時半ごろに訪ねると「ちょうど小学校から戻ってきたの。手分けして月30回読み聞かせしてるんですよ」と代表の江刺由紀子さんが出迎えてくれた。「おはなしころりん」は2003年、大船渡市立図書館の読書ボランティア養成講座を受講した地域の母親8人が立ち上げたグループ。「学びを地域に還元しよう」と、図書館や小学校、公民館、児童福祉施設等で読み聞かせをして回った。大船渡を含む「気仙地方」に伝わる民話を地元言葉で物語にし、紙芝居を手作りすると高齢者に大いに喜ばれた。活動が地域に定着し会員が20人ほどに増えた頃、東日本大震災が発生した。
大船渡の津波被害は甚大だったが、江刺さんの自宅はかろうじて浸水を免れた。地域の大人は泥かきと片付けに追われたが、避難所では子どもたちが手持ち無沙汰にしているという。しかしまだ被災から2週間。江刺さんらは「不謹慎ではないか……」と悩みながらも、絵本を手に避難所を訪ねた。すると読み聞かせで顔なじみの小学生がバタバタと駆け寄ってきた。「ころりんのおばちゃんだ!」。絵本を読むとべったりくっついて離れなかったり、大声を出して暴れたりと子どもたちの不安定な様子が気にかかった。「読書推進のために始めた活動でしたが、『読書を通して子どもとつながり続ける』というもう一つの使命が課せられたと感じました」。
学校が再開するまでの約2ヵ月、市内13ヵ所の避難所で読み聞かせを行った。5月に中古の軽トラックを購入し、本を積んで地域や学校を回る「移動こども図書館」をスタート。各種助成金を申請、獲得してスタッフを雇用し事務所を借りた。「本には子どもを支える力があるから。私たちは普通のおばちゃんで力はないけど、本を子どもに届けることならできるよね、って必死でした」。
「支援を受ける人」から「誰かの役に立つ存在」に
住まいを奪われコミュニティが切り刻まれた被災地で、大人たちもおはなしころりんを待っていた。仮設住宅の集会所でお茶会を開き、被災者の声に耳を傾けると、発災当時の絶望感、今の暮らしへの不満、見えないこの先への不安がぽろぽろこぼれるように聞こえてくる。「支援を受けるだけでなく、被災者自らが動く機会が必要」と考えた江刺さんは彼らに読み聞かせの手ほどきをし、子どもを集めて絵本を読んでもらった。「そうしたらね、子どもも喜ぶけど一番目を輝かせたのはそのおばあちゃんたちだったの」と江刺さん。「もっと読みたいって、いい笑顔でした」。お茶会は仮設から復興公営住宅へ移ってからも継続された。
「私たち被災地に住むものは、支援があったからこそ生きてこられた。しかし、同時に残念ながら支援慣れ感もいなめない」と、江刺さんは言う。誰かの役に立つ経験をさせてあげたい、と2014年から国際NGOや公益法人の協力を得て東南アジアのスラム街や難民キャンプに絵本を送る活動を実施。日本の絵本のテキスト部分に、現地の言語に翻訳したシールを貼り付ける作業を子どもたちが行った。他にも著名絵本作家によるワークショップや、震災前から続ける民話の紙芝居作りなど活動の幅を広げた。コロナ禍においてはオンライン交流会の開催や事務所前に本を並べる「軒下古本市」、手紙のやりとりをする文通事業など、密を避ける工夫をしながら新しいチャレンジを続ける。
特定非営利活動法人おはなしころりん 理事長/江刺由紀子さん
認定NPO法人を目指し、さらに先へ
「子どもに本の楽しさを伝えよう」と始まった読み聞かせは、震災を経て形を変えていった。江刺さんらは目の前の子どもや生活者、悲しみや不安を抱えた人たちのニーズに応え、さらにニーズを先取りしながら次々と活動を展開した。市民グループとしてスタートしたおはなしころりんは2016年にNPO法人化、18年から大船渡市防災観光交流センター「おおふなぽーと」の一部の運営管理事業を受託する。会員数は120人を超え、より寄付金を募りやすいよう認定NPO法人への移行を予定している。
「新しい東北」復興・創生の星顕彰の受賞にあたり江刺さんは「地域の皆さんの協力なしではここまでやれなかった。大船渡という地域が受賞したと思っている」と喜ぶ。今後は高齢者向けの交流活動により力を注ぐ。課題は「家に閉じこもりがちな住人」をどう地域に巻き込むか。現在は主に拠点である「おおふなぽーと」で実施する交流活動を、誰でも足を運びやすい地区の公民館で開き、多様なプログラムを実施する考えだ。「行政の手の届かないところこそ、NPOと“おばちゃん力”の出番だものね」と力強く語った。
特定非営利活動法人おはなしころりん [岩手県大船渡市]
https://www.ohanashikororin.org/