第5弾 未来の命を守る植樹。「津波被災地」を「桜の名所」に塗り替える(認定NPO法人 桜ライン311)

2011年11月最初に植えた河津桜。活動の原点だ


 津波到達地点にコツコツと桜を植え続ける人たちがいる。目標は170キロの長さに1万7千本。この壮大な夢は「もっと助かったはずの命」を未来の人に後悔させるまいという切実な願いからスタートした。「新しい東北」復興・創生の星顕彰の受賞に際し岡本翔馬代表理事は、「大変ありがたく、活動が形になってきたことの証だと思う。寄付者やボランティアの皆さんと喜びを分かち合いたい」と話した。


「もっと救えた命があった」

 岡本さんは陸前高田出身。震災が起きたときは東京の建設会社で働いていたが、すぐに同郷の仲間と地元へ戻り、そのまま避難所でボランティアをした。2週間ほど経つと全国から物資や人の支援が大量に流入してきたが、住人主体で運営する避難所では対応しきれなかった。岡本さんは「地元事情に通じ、なおかつ“外側”の感覚も持つコーディネーターが必要だ」と感じ、仕事を辞めて被災地支援団体「SAVE TAKATA」を立ち上げる。日ごとに変わるニーズに対応しながら、情報発信や支援者と被災地の橋渡しを行った。

 被災者が仮設住宅へ移っても支援を続けていたある日、仮設の自治会長から相談を受けた。「悔しいんだよ、本当はもっと多くの命を救えたはずだ。この教訓を次の世代へ伝えられないか」。団体のメンバーも含めて話し合い、津波の最高到達点に目印として桜の木を植えようと決める。市内の津波到達ラインは総延長170キロに及び、10メートル間隔で植樹すると1万7千本だ。この一大プロジェクトを達成するため2011年10月、10人で任意団体「桜ライン311」を設立した。

 インターネットで発信すると、河津桜で有名な神奈川県松田町から苗木約40本を寄贈したいと申し出があり、これを最初の桜として11月に植樹。翌12年3月には全国から400人のボランティアを集めて大規模に植樹会を開催し、以来毎年春と秋に植樹会を続けている。


石碑よりポジティブな思いを寄せられるもの

 なぜ桜なのか。過去に度重なる大津波に襲われたこの地で、先人は「地震が来たらここより上へ逃げろ」と示した石碑を立てていた。しかし多くの住人はその意味を正しく受け止めず、震災では多くの人が逃げ遅れた。「石碑よりもっとポジティブな思いを寄せられるものが必要ではないか」。日本人にとって特別に思い入れが深く、人の寿命より長く残るもの……「それは桜、一択でした」。

 やるべきことは多かった。地図に津波到達ラインを引き植樹する地点を決めたら、地権者を探しだして「桜を植えさせてほしい」と交渉した。寄付金や助成金で資金を集め、年2回の植樹会にボランティアを募った。植えた木は草刈りや剪定、施肥などの管理が必要で、造園業者から指導を受けながら自分たちで世話を続ける。これまでに約2千本を植樹してきた。

 最大の課題は資金確保だ。膨大な資金が必要な桜ライン311が継続できているのはなぜか。「最初から自分たちだけでは無理だと自覚していたからでしょうか」と岡本さん。「『助けてください』と言い続け、支援をいただく分、自分たちに妥協せずやってきた」。2011年のまだ復興には程遠い状況の中、すぐには役に立たず空腹も満たさない「植樹」に寄付を求めることへの悩みは深かった。しかし自己満足で終わらせたくない、未来の命のために必ず実現したい。「それならやるしかない。いざとなれば泥水を飲める団体でいようと覚悟を決めました」。

 団体の信用度を高めるため2012年にNPO法人格を取得、14年にはより要件が厳格な認定NPO法人へ移行し、コアスタッフは全員フルタイムで雇用した。岡本さん自身は防災士の資格を取り、全国で防災・減災や組織運営等の講演活動を行う。活動を広く知ってもらうためウェブや紙媒体でこまめに発信し、寄付者へのお礼と報告も欠かさない。


認定NPO法人 桜ライン311 代表理事/岡本翔馬さん

胸を張って誇れる故郷を作る

 活動に大きな意義を見つけたエピソードがある。県外から来た植樹ボランティアがその後も桜を見に訪れ、土地の持ち主と交流を続けているという。高齢で一人暮らしのその地権者が岡本さんにこう話した。「生き残って良かったと思うことなんてない。でも私を気にかけてくれる人がいる今は、明日も生きようって思えるよ」。未来の命を救うことだけを必死に考えてきたが「今いる人の生きる支えにもなれた。本当に胸が熱くなりました」。

 まだ目標は遠く先は長い。植えて終わりではなくずっと管理が必要だから、後継者育成も必要だ。「難しいことばかり、苦労ばかり」と言いながら先頭に立ち続けるのは、桜の名所として有名になっている未来を夢見るからだ。陸前高田イコール被災地というイメージを「桜のまち」に塗り替えてみせる。誰もが胸を張って誇らしく自分の故郷を語れるように。




認定NPO法人 桜ライン311 [岩手県陸前高田市]
https://www.sakura-line311.org/