被災地で進む新しい挑戦や地域の魅力を特集記事で紹介します。

株式会社小高ワーカーズベース 代表取締役 和田智行氏

震災を境に、社会における価値観の物差しが大きく変わった。日本は戦後の復興や高度経済成長を経て、豊かな社会に生まれ変わった。ただいつしか、誰かに”与えられた”モノやサービスを楽しむ暮らしが当たり前になってしまった。人に与えられたモノはどこか得体が知れなくて、儚い。(2017年10月31日掲載)

一般社団法人はまのね 代表理事 / 一般社団法人おしかリンク 理事 亀山貴一氏

妻をはじめとする大切な人たち、大好きだった故郷・蛤浜が津波に飲み込まれたあの瞬間、私を取り巻く環境はすべて一変した。あまりにも変わり果てた浜の光景は、まるで映画の世界のようだった。今でも「本当に現実だったのか」という思いが、ふと頭をよぎることがある。(2017年10月11日掲載)

ロート製薬 広報・CSV推進部 部長 河崎保徳氏

あの地震と津波によって2万人近い死者・行方不明者が出てしまった。戦争か何かが起こらない限り、僕らが生きている間に目にする、最も悲惨な光景になるのではないだろうか。あれだけのショックを受けて、何かが変わらない方がおかしい。(2017年10月5日掲載)

三陸石鹸工房KURIYA 代表 / 株式会社アイローカル 代表取締役 厨(くりや)勝義氏

この震災が、日本社会にとってどんな意味をもつのか。それは人によって捉え方や解釈は様々で、一概に「こうだ」とは言い切れない。ある人にとっては「絶望」であり、ある人にとっては復興の文脈で生まれた動きが「希望」であり、またある人にとっては自分とは「無関係」なことかもしれない。同じように家族を亡くした人の中でも、生まれ変わったように一生懸命働いている人もいれば、6年半経った今も依然として前へ進めない人もいる。(2017年9月28日掲載)

農業生産法人 株式会社GRA 代表取締役CEO 岩佐大輝氏

1000年に1度の大震災と言われるように、被災した東北の各地域には1000年に1度あるかないかという僅かな確率で、都会など他の地域や人々との交流の機会が生まれ、今までにない新しいプロジェクトが次々と立ち上がった。つまり、これまで東北にはなかった新しい考え方をもつ人々が入ってきて、東北の価値や可能性の花を咲かせてくれた。同時に、東北の人たちも自分たちがもつ資源の価値を見直したのだ。(2017年9月20日掲載)

公益社団法人MORIUMIUS 理事 油井元太郎氏

ニューヨークやロンドンなど世界中で長く生活してきた私が、震災で人口が1000人以下にまで減少した”限界集落”と呼ばれる、縁もゆかりもなかった雄勝町を「今の居場所」と感じている。震災がなかったら、今この場所にはいないだろう。予期せぬ変化と出来事だった。友人の立花を支えようと急遽降り立った東北、そして雄勝町。「何かの縁」と言えばそれまでだが、雄勝で生きると決断した背景には、2つの根源的な理由がある。(2017年9月13日掲載)

NPO法人アスヘノキボウ 代表理事 小松洋介氏

震災を境に生じた大きな変化は、一人ひとりの多様な「幸福論」が東北を中心に生まれたことではないだろうか。「何のために、どう生きるのか」を自問し、「自分の気持ちに素直に、自らの意思で未来を選択する」と自答して行動する人が次々と誕生した。それは、世の中で一般的に「よい」と言われてきた人生の選択肢が、大きく変わったことでもある。(2017年8月29日掲載)

一般財団法人社会的投資推進財団(SIIF) 代表理事 青柳光昌氏

6年以上経った今でも、涙なしには語れないエピソードがある。それは、震災直後の4月4日以降に、死者・行方不明者1人あたり5万円の弔慰金・見舞金を現金で遺族に手渡したことだ。東京の会議室で職員が封筒に現金を入れ、ダンボールに詰め込み、マイクロバスに乗り込んで現地へ向かった。6月末までに死亡者・行方不明者を確認できた84自治体のすべてで実施し、計14,861件、7億4305円を遺族に届けた。(2017年8月24日掲載)

キャッセン大船渡 取締役 臂(ひじ)徹氏

これから地域・まちづくりをもう一歩前へ進めるためには、またゼロベースで議論のあり方を検討していく必要があるだろう。これまでの体制や枠を取っ払うようなダイナミックな力が求められる。住民の主体性や自立・参画意識、さらにはそれを支える体制を再構築する必要があるのではないだろうか。今この瞬間が、まさにその転換期にあると思う。(2017年8月9日掲載)

キャッセン大船渡 取締役 臂(ひじ)徹氏

私のような「異な者」がこうして地域に入り込んで、一定の役割と責任を与えられ、必要とされていることを考えると、東北の各地域には外部から異質なものを受け入れる「余地」や「間」「冗長性」のようなものが新たに生まれたことがわかる。もともと地域に暮らしていた人たちだけでなく、外に門戸を開くことで、多くのよそ者が入り込み、まちづくりなど様々な分野で活動の幅が広がったり、これまでにない動きが生まれたりした。(2017年8月7日掲載)