第8弾 制度の壁を超え、高齢者と障害者が支え合う“共生型”の自立支援へ(後編)

東日本大震災の被災地では、震災前から地域が抱える問題が、震災によってさらに目立ってきています。震災をきっかけに、様々な団体がこうした問題の解決に向けて取り組んでいます。本連載では、地域の抱える問題を解決するため、大きな貢献をされている個人や団体の活動を全20回にわたって紹介します。


愛さんさんグループ(宮城県石巻市)は、震災後のボランティアで被災地に入った際に雇用創出の必要性を感じ、2013年に高齢者向けの配食サービスを開始。2017年からは、リハビリ型有料老人ホームや、軽度の障害者を介護職員にするスクール事業などを行う共生型複合施設「愛さんさんビレッジ」を運営している。「誰もが生れ育った環境によって人生を制限されることなく、物心共に豊かな人生を拓ける地域」の実現に向け、人材育成と雇用創出に取り組み、新しい福祉事業モデルを目指している。

科学的根拠を重視し、学術的なリハビリで成果

愛さんさんグループが運営する自立支援特化型有料老人ホーム「愛さんさんビレッジ」。リハビリに力を入れた老人ホームと障害者雇用を両軸に据えた、共生型の複合施設である。


多くの介護施設では、レスパイト(お世話型)の介護をすることがほとんどだが、「愛さんさんビレッジ」の基本精神は、入所者の意欲や活力を取り戻すことにある。そのため、手厚い介護の提供やリハビリだけではなく、「水分、栄養、自然排便、運動」の重要性に着目し、関係する学会の研究などに基づいたプログラムで、体力の回復を目指す手法が用いられている。


定期的な介護技術向上研修を行い、プロ意識の高いスタッフで確実な成果を上げる。

定期的な介護技術向上研修を行い、プロ意識の高いスタッフで確実な成果を上げる。

ユニークなのは、入所の際に「夢」を聞くことだ。リハビリをして入所時より元気になれることを前提に、どんな夢を叶えたいのかを聞いている。そのうえで、1人ひとりの水分摂取量や排せつ量、食事の食べ残し、運動量、BMI(肥満度を表す指数)などを毎日計測。アドバイザーの医師と連携し、科学的な根拠に基づいたリハビリ計画を立てたり、薬の量などを計画的に決め、症状の改善に向けて取り組んでいる。また、最新のリハビリ機器も取り入れている。ここまで徹底すれば、多くの入居者の症状は改善する。例えば、妄想性障害の精神疾患があり、一生要介護だろうと思われていた人が、入所後4カ月ほどで妄想がなくなり、「もう一度、魚釣りに出かけたい」という希望が叶いそうな状況まで改善したのだという。


こうした目に見える成果は、入所者本人が喜ぶのはもちろん、スタッフも自分たちの仕事に自信が持てるのだという。加えて介護費用の削減にもつながり、国にとっても福祉費が抑えられるため、まさに三方よしである。


こうした成果が出ているのは、「自立支援介護×障害者就労支援」の仕組みがうまく回っているためだ。高齢者と障害者が一つ屋根の下で協力し合っている中で、プラスの相乗効果が生まれているのだ。「人はみな、目の前の自分よりもケアをしなければいけない人がいると、しっかりするようだ。両者が持ちつ持たれつ支え合うことで、双方の自立支援を促す流れが生まれている」(小尾さん)


また、障害者や高齢者が「客」にならないよう、施設内で衛生委員や花壇委員、畑委員、美化委員など役割を担い、できる範囲でどんどん動いてもらっている。ほかの多くの施設では、掃除、洗濯、調理、配膳などの間接業務までを介護職員が行っているが、「愛さんさんビレッジ」ではその多くを障害者が賄ってくれる。そのため、介護職員がリハビリやケアという「本業」に費やせる時間が多く取れ、余計に成果が上がりやすくなっているという。特に軽度の障害者だと、作業書の作成など事務的な作業と向き合う仕事が多い。だが、人と向き合う仕事を通して、「ありがとう」と言われる経験が大事だと小尾さんは考えている。


「畑委員」として自家菜園での畑仕事に精を出す入所者も。リハビリ効果も期待できる。

「畑委員」として自家菜園での畑仕事に精を出す入所者も。リハビリ効果も期待できる。

自前の産業を生み出し、福祉事業の最先端モデルを目指す

今後さらに大きな成果を上げるため、「愛さんさんビレッジ」の敷地内にもう1棟、3階建ての施設をつくる第2期工事を2019年にも始める予定だ。2棟の建物を囲むように植樹も行い、近い将来には森に囲まれた、文字通り「ビレッジ」のような環境をつくることが小尾さんの当面の目標だ。


「多くの人たちに支えられてここまでやってこられた。自分の代で事業を終わらせるつもりはない。100年続くような企業として理念経営を継続し、社会に浸透させていく。この世の中から、社会的弱者という言葉が死語になる世界を目指す」と語る小尾さん。最初は家族経営から始め、徐々に社員を迎え入れ、創業3年目あたりからは幹部と呼ばれる社員が育ちつつある。愛さんさんグループでは、後継者育成を目指し、間もなく新卒採用にも踏み切る予定で準備を進めている。


「愛さんさんビレッジ」の理想の姿を完成させるには、自前の産業を生み出したいという願望もある。「障害者や高齢者がつくった商品が、日本や世界で売れる。そういう状態をつくりたい。そして、そのノウハウが福祉事業の最先端モデルとして全国へ広がればうれしい」(小尾さん)と希望は膨らむ。


震災で町内会が壊れてしまった今、盆踊りの復活を目指して夏祭りを開いた。

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<成果を出すためのポイント>

  • ・配食サービスに“ひと手間”加え、地域に欠かせない福祉事業者として信頼を得る
  • ・間接業務を障害者に任せることで、障害者雇用と介護職員の負担軽減を両立させる
  • ・「お世話型」ではなく、科学的根拠に基づいた介護で症状や体調の改善を図り、利用者の夢を叶える
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