第5弾 住民一人ひとりを見つめて。地域包括的な精神科医療の仕組みづくり(後編)

東日本大震災の被災地では、震災前から地域が抱える問題が、震災によってさらに目立ってきています。震災をきっかけに、様々な団体がこうした問題の解決に向けて取り組んでいます。本連載では、地域の抱える問題を解決するため、大きな貢献をされている個人や団体の活動を全20回にわたって紹介します。


震災と東京電力福島第一原発事故の後、福島県沿岸部の相双地域で精神科医療の提供を目的に結成されたNPO法人相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会(福島県相馬市)。福島県立医科大学心のケアチームのメンタルヘルス支援活動を継続させるかたちで発足し、現在は相馬市を中心に相双地域広域で訪問看護などアウトリーチ型(※)の支援や心のケア活動などに取り組んでいる。

(※)支援を必要としている人のもとに、看護師などの専門スタッフが訪問すること

ケアの”質”には妥協しない。7年半で築いた地域の信頼

2014年4月に立ち上げた「訪問看護ステーションなごみ」。「つくる会」の主な収益を担っているのが、この訪問看護事業だ。訪問看護に携わる看護師や作業療法士など専門知識・技能を持つスタッフは、「深刻な精神科医療の問題を抱えた地元の住民の役に立ちたい」という志をもって活動に従事している。メンタルクリニックなごみ(相馬市)や雲雀ヶ丘病院(南相馬市)などの精神科の病院や診療所、また内科などの診療所から指示書を受け、訪問型の精神科医療ケアを行う流れだ。


「お薬は飲めていますか」「病院に行ってみませんか」。利用者との信頼関係がなければ、命を守るために必要な服薬や通院を促す言葉はなかなか届かないはずだ。「つくる会」では、丁寧に一人ひとりの利用者の声を聞き、個々の状態に合わせたケアを徹底している。決して最初から指示を聞き入れてくれる住民ばかりではない。それでも、スタッフは何度も訪問しながら少しずつ信頼関係を構築しているという。


「効率や実利を重視しようと思えば、もっと利益は見込めると思う。でも、『なごみ』の現場スタッフは、一人ひとりの訪問ケアに決して手を抜かない」と、事務長の唯野さんは話す。「現場のスタッフのケアの様子を見ていると、『そこまでするのか』と驚くことさえある」(唯野さん)という。こうした徹底して耳を傾ける姿勢から、サービスを利用する住民や、連携する医療機関のスタッフなどからは「なごみさんのケアは本当に丁寧だね」と声をかけられることも少なくないという。


スタッフらは各地を駆け回り、丁寧な訪問看護を行っている。

スタッフらは各地を駆け回り、丁寧な訪問看護を行っている。

訪問看護は、相馬市や南相馬市、新地町に加え、2017年春に避難指示が解除された浪江町と飯舘村でも行うようになった。浪江町と飯舘村はなかなか住民帰還が進んでいないうえ、訪問エリアが広がったため、移動だけでも30km以上の距離がある。人手も決して十分ではないが、それでも「丁寧さ」に妥協はしない。


どんなときでも丁寧なケアをーー。これは、創設時の理事長である丹羽真一さんが強調していた「つくる会」の大事な指針でもある。まだ決して、自立的な運営を行ううえで盤石な体制を整備できるまでに至っているわけではない。遠回りに見えるかもしれないが、「確実に地域の信頼を深めてきている実感がある」と唯野さんは手応えを口にする。


精神科医療においては「医療的な介入が必要」と判断されても、通院や服薬に抵抗感を持つ人が少なくないといわれる。そうした意味でも、様々なアウトリーチ型の心のケアを継続してきた「つくる会」の活動は、同じような状況に頭を悩ます全国の地域から見ても、注目されるようなモデルケースとなり得るはずだ。


「つくる会」の活動は多岐にわたる。アルコール関連問題予防啓発キャンペーンもその1つだ。

「つくる会」の活動は多岐にわたる。アルコール関連問題予防啓発キャンペーンもその1つだ。

精神障害者が住みやすい地域コミュニティへ

このように、住民一人ひとりと地道に信頼関係を築いてきた「つくる会」は今、地域医療に関わる様々な団体との協力体制をさらに強化しようとしている。これまでも相双地域の病院・診療所との連携を密にするために事例検討会を定期的に開いてきた。さらに、医療機関のほかにも、行政や社会福祉協議会とも連携を強めている。それでも、「つくる会」の支援によって精神面での回復を遂げた住民が、社会復帰を果たすための仕組みづくりはまだ道半ばだ。


地元関係機関との事例検討会。定期的に開催し、意見交換している。

地元関係機関との事例検討会。定期的に開催し、意見交換している。

今後は、地域の医療機関や行政、社会福祉協議会、他のNPOなどとの意見交換を一段と活発に行い、また地域コミュニティの中で「つくる会」やその利用者が自然に溶け込めるようなイベントも開催していきたいとしている。


さらに、浪江町や飯舘村といった避難指示解除エリアの拡大に伴い、より広域をカバーするために南相馬市に訪問看護のサテライトオフィスを設置する構想もあるという。


「この7年半で手にしたものは、現場スタッフの丁寧なケアの継続によって築いてきた地域からの信頼だ」。唯野さんはそう力を込める。長く地道な活動で培ったその信頼を武器に、今後も住民のメンタルケアと、さらにその先の社会復帰への一歩を後押ししていく覚悟だ。


震災と原発事故、そして急激な生活環境の変化による心のダメージは大きく、誰もが簡単に克服できるものではないだろう。深刻な精神状態に陥る前に、「誰も孤立させない」というメッセージを発し、働きかけを行うことが重要なのは言うまでもない。地に足を付けて、じっくりと長く地域や住民に寄り添い続けてきた「つくる会」だからこそ、できることがある。アウトリーチ型の精神科医療に、地域の様々な団体と協力して取り組むーー。そのモデルとなるような仕組みを構築するためにも、「つくる会」はこれからも歩みをやめない。


<成果を出すためのポイント>

  • ・精神科医療の提供体制の確保が困難になった地域で、新たにアウトリーチ型のケアを行う
  • ・社会復帰を促すために、地域の”居場所”をつくる
  • ・「丁寧に利用者の声を聞くこと」に妥協せず、地域からの信頼構築へつなげるとともに、地域の様々な団体との協働体制を構築する
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