第1弾 障害者就労、6次産業化、ツーリズム。’全員参加’の地域づくり(前編)

東日本大震災の被災地では、震災前から地域が抱える問題が、震災によってさらに目立ってきています。震災をきっかけに、様々な団体がこうした問題の解決に向けて取り組んでいます。本連載では、地域の抱える問題を解決するため、大きな貢献をされている個人や団体の活動を全20回にわたって紹介します。


東日本大震災後、ボランティアの緊急支援を目的に結成されたNPO法人・遠野まごころネット(岩手県遠野市)。支援ニーズの変化に合わせ、現在は遠野市のほか、大槌町や釜石市などを舞台に、産業再生や雇用創出をテーマに障害者の就労支援や6次産業化プロジェクトなどに取り組んでいる。

「やれることをやろう」。2日後から避難所でニーズ調査

一帯が色鮮やかな緑色に光り輝く農園で、手足が不自由な障害者たちが黙々と苗を植えたり、懸命に収穫作業を行っている。震災後に発足した遠野まごころネットが、同県大槌町と釜石市、遠野市に切り拓いた農園の風景だ。復興から取り残されがちな障害者などの社会的弱者の就労支援を行い、畑で採れた作物を使ってワインなどを開発。障害者就労支援と、農産物の生産・加工・販売に一体的に取り組む6次産業化を掛け合わせた取り組みだ。


農園ではラベンダーやバジル、ブドウなどの作物を育てている。

農園ではラベンダーやバジル、ブドウなどの作物を育てている。


「とにかく、やれることをやろう」。震災発生から2日後、仲間と4人で釜石市と大槌町に入った遠野まごころネットの理事・多田一彦さんは、被災現場の惨状を目の当たりにし、そう心に決めた。
それから仲間とともに車に物資を積み込み、大槌町や釜石市、陸前高田市などを連日回った。「何が必要か」。避難所を訪ね歩き、地道にニーズ調査を繰り返した。そして2011年3月末、遠野まごころネットを結成。(同年7月にNPO法人化)。救援物資の配布や瓦礫撤去、ニーズ調査、炊き出し支援などに奔走するとともに、大槌町などの県沿岸部まで車で約1時間という地の利を活かし、各地から現場入りするボランティアの”中継地点”の役割を担った。


被災直後に撮影した大槌小学校(当時/現在の大槌町役場)

被災直後に撮影した大槌小学校(当時/現在の大槌町役場)


復興の先へ。地元の人たちの手で経済を循環させる

めまぐるしく支援に駆け回る多田さんだったが、「すぐにコミュニティやまちづくりの支援が必要になる」とも考えていた。外部からの支援はいつまでも続くわけではない。つまり、地域が経済的に自立するための雇用や産業をどう生み出していくか。先を見据えた取り組みが必要になる。そう痛感していたのだ。

2011年4月以降、多田さんたちは新たな動きを見せるようになる。その1つが、”なりわい”の創出だ。例えば、地元の女性たちによる食堂の開店・運営支援がある。多田さんたちが自ら炊き出し支援を続けるのではなく、地域住民たちが職を手にし、自立できるような手助けだった。

「こうした小さな交流やコミュニティが、地域や社会をつくるベースになる。さらに、そこから生まれてくるアイデアや意見などを事業につなげて、人が働ける場をつくることを意識した。地元の人たちの手によって経済が循環しなければ、本当の意味でのなりわいづくり、地域づくりにはならない」(多田さん)

さらにそれ以降、多田さんたちはフェーズの変化に対応、適応しながら、支援のかたちを変化させていった。

そして、遠野まごころネットの中心的な活動になっているのが、「ソーシャル ファーム&ワイナリー」だ。大槌町や釜石市、遠野市にある農園で障害者の就農を支援し、そこで栽培されたブドウやハーブなどの作物を商品化・販売する6次産業化プロジェクトだ。多田さんは、「障害者や高齢者など社会的弱者が復興から取り残されず、地域のみんなが自らコミュニティをつくれるような環境が必要だ」(多田さん)と力を込める。


釜石市の天洞と遠野市の綾織のブドウ園では、ワイン醸造用のブドウを栽培している。

釜石市の天洞と遠野市の綾織のブドウ園では、ワイン醸造用のブドウを栽培している。


具体的には、2013年に大槌町と釜石市に障害者を対象にした「まごころ就労支援センター」を建設。大槌町につくった農園「はーぶの郷」でラベンダーやバジルなどを育て、バスソルトなどの加工品を開発・販売。さらに、釜石市と遠野市にブドウ園を切り拓き、新たに建てた遠野市内のワイナリーでワインの醸造に使用。2018年に通販などで販売した。ワインはまだ生産量こそ少ないものの、希少な国内産として売れ行きは好調で、評価は高いという。就労支援センターでは他にも、手芸品など数多くの商品開発を手がけてきた。

一連の商品開発で心がけたのは、「『被災地だから』という理由で買ってもらえるような商品ではなく、一般市場でも価値が認められるような”売れるもの”をつくらないといけない」(多田さん)との思いだった。それは、復興を超えたその先の地域づくりを意識してのことだった。


育てたブドウを使って開発したワインは好評という。

育てたブドウを使って開発したワインは好評という。


遠野まごころネットの活動にはこのほかにも、津波の後に残った稲穂を使った「大槌復興米」の販売、被災した学生に奨学金を給付する「まごころサンタ基金」などがある。


被災地の子どもたちにプレゼントを配る「サンタが100人やってきた!」プロジェクト。これをきっかけに奨学金制度をつくった。

被災地の子どもたちにプレゼントを配る「サンタが100人やってきた!」プロジェクト。これをきっかけに奨学金制度をつくった。


フェーズの変化に合わせながら支援のかたちを変えてきた遠野まごころネットだが、初めからワインなどの商品開発のノウハウがあったわけではなく、それらを担う人材も決して十分だったわけではない。では、どのようにそれを実現させたのだろうか。

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