第4弾 3年で6000人超を動員。気仙沼発、”仕事”や”暮らし”に焦点当てた観光プログラム(前編)

東日本大震災の被災地では、震災前から地域が抱える問題が、震災によってさらに目立ってきています。震災をきっかけに、様々な団体がこうした問題の解決に向けて取り組んでいます。本連載では、地域の抱える問題を解決するため、大きな貢献をされている個人や団体の活動を全20回にわたって紹介します。


宮城県気仙沼市で、漁具屋探検や漁師体験などの地域資源を活かした観光プログラムが人気だ。その名も、「ちょいのぞき気仙沼」。地元の水産事業者らで構成する「観光チーム気仙沼」が企画・運営し、開始から3年足らずで累計6,000人超を動員。地域の魅力を再発見し、観光客の誘致につなげている。

仕事や暮らしをコンテンツ化した「ちょいのぞき気仙沼」

漁に使う巨大なロープや金具、タコを捕まえるカゴ。約8mの高さまで積み上げられた、魚を入れる発泡スチロール製の魚箱。重さ100Kgを超える四角い氷の塊。見たことのない光景に、子どもたちが目を丸くする。


見慣れない漁具の数々に興味津々な様子の人たち。

見慣れない漁具の数々に興味津々な様子の人たち。

これは、気仙沼市の水産事業者らが市民や観光客を対象に、仕事場を見学し、作業を体験してもらう観光プログラムの一コマだ。通称、「ちょいのぞき気仙沼」。気仙沼に根付く仕事や文化、暮らしをコンテンツ化し、市民に地元への愛着や関心を高めてもらったり、市外から観光客を呼び寄せるために開催している。2017年度には年間参加者数が3,000人を超えるなど、人気の体験プログラムになっている。


気仙沼市は古くから水産業で栄えた。しかし、震災によって沿岸部にあった関連施設の大半が損壊。市は2011年9月、復興計画を策定する過程で「観光」を水産業と並ぶ主要産業に育てる方針を掲げた。様々な議論を経て2013年3月、具体的な観光戦略を策定。気仙沼ならではの資源を活用した誘客などを進めることにした。


その後も地域を挙げて取組強化を進め、行政や経済団体、観光事業者などが一体となった観光DMO(※)・気仙沼観光推進機構を設立。観光事業のマネジメントや意思決定を担うこの中核的組織のもとで、様々な施策を進めている。


※日本版DMOは、地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人(観光庁HPより)


「ちょいのぞき気仙沼」はそうした経緯の過程で生まれた取り組みの1つで、水産業をはじめとする地元事業者らが有志で参加する「観光チーム気仙沼」が中心となって活動している。冒頭で紹介した漁具屋や製氷工場、魚箱を扱う函屋(はこや)を見学するプログラムのほかにも、造船所や魚市場の探検ツアー、漁師の仕事体験、酒蔵見学、トマトの収穫体験、そば打ち体験、サメの歯を使ったキーホルダーづくりなど、多彩なメニューを開発してきた。


魚の出荷時に使う魚箱。積み上げられた高さは8mに。

魚の出荷時に使う魚箱。積み上げられた高さは8mに。


初年度の2015年度は市内や近隣地域を中心とする個人や、主に視察を目的に参加する東京の企業などの団体客向けにそれぞれ5回、17回開催し、計760人超が参加。翌2016年度は毎月開催にするとともに、運営体制もそれまで東京の民間企業から出向してきたスタッフが中心だったが、地元事業者、つまり「観光チーム気仙沼」が企画などに主体的に関わる体制にシフトした。プログラムの数は14個から29個、参加事業者は12社から25社へと増え、ユニークなイラスト入りのポスターやチラシなどの販促効果もあり、参加者数は約2,200人に膨れ上がった。さらに、2017年度は毎週開催へと変更。プログラムと事業者数もそれぞれ44個、35社に上り、参加者数も3,000人を超えるまでに盛り上がりを見せるようになる。


遊び心満載のポスターやチラシも目を引く。

遊び心満載のポスターやチラシも目を引く。


自社の魅力を再発見。広報や採用活動にも効果

「観光チーム気仙沼」を率いるのが、廣野一誠さんだ。震災発生時は東京の大手IT企業に勤務していたが、震災後の再建に挑む家業を将来的に継ぐため、2014年12月に帰郷。1850年創業の漁具屋・アサヤ株式会社で、専務取締役として会社の再建に力を注いでいる。


「観光も一緒にやらないか」。帰郷後に参加した東北未来創造イニシアティブ主催の人材育成プログラム「経営未来塾」。講師の中にいた気仙沼の観光戦略を手伝う東京の民間企業社員に、そう声をかけられた。これが、廣野さんが「ちょいのぞき気仙沼」に関わるきっかけだ。「仕事をするうえで私が大事にしているのは、優秀でおもしろい人たちと一緒にやること。お世話になったので、恩返しがしたい思いも強かった」。廣野さんは、当時の心境をそう振り返る。


「観光チーム気仙沼」のリーダー・廣野さん。

「観光チーム気仙沼」のリーダー・廣野さん。


そんな廣野さんは、実際にプログラムの企画・運営に携わる中で、地域に生まれた様々な波及効果を目の当たりにするようになる。


1つは、自分たちの仕事の意義を再発見し、誇りをもてるようになったことだ。ある事業者は、「自分たちにとって当たり前の仕事風景が、観光客から見たときに珍しい、おもしろいと感じてもらえることが新鮮だった」と驚いた様子で語る。


地元企業間の業種や世代を超えたネットワークの広がりもそうだ。廣野さんは、「私にとっても、同じ業界でありながら製氷会社や函屋などと仕事で交わることはなかった。ただ、『ちょいのぞき気仙沼』を通じて地元の他の仕事への理解が深まり、協業のきっかけが生まれている」と話す。


製氷工場で巨大な氷を裁断。貴重な体験に、笑顔が広がる。

製氷工場で巨大な氷を裁断。貴重な体験に、笑顔が広がる。


自社の広報・PRにつながる事例もある。ある事業者は、自社の見学プログラムに参加した高校生がその仕事に興味をもち、実際に就職につながったという。実際、参加者からは「普段目にすることのない職場や仕事を知ることができた」「市内に住んでいても、なかなかできない貴重で楽しい体験だった」などという声もあり、地元の企業や仕事に興味を持つきっかけになっているようだ。


このように、廣野さんは「観光産業そのもののインパクトだけでなく、事業者の活性化や地域づくりなどのプラスαの効果があることも実感している」と手応えを口にする。


こうして「ちょいのぞき気仙沼」はわずか3年足らずで観光コンテンツとして地域に定着してきたわけだが、それでも先行きに不安がないわけではない。今、具体的にどんな課題を抱えているのか。そして、それを克服するための術はーー。


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