取材で何度も東北を訪れている。
そう話すと、「偉いね」と言われることがよくあります。
「東北=ボランティアに行くところ/支援するところ」と思っている人が、それだけ多いということでしょう。
でも、私はその言葉に少し違和感を感じます。
だって、東北には美味しい海の幸も、心癒される風景もあります。
脈々と続いてきた地場産業もあれば、震災後に新しく始まったプロジェクトもあります。
そして、自分たちの手で町を再建しようと奮闘する人々の姿があります。
東北はいつも、私にたくさんの学びと刺激を与えてくれるのです。
旅の目的地としての東北の魅力を、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。
そんな想いから、地域で暮らす若者と一緒に、「1泊2日観光モデルプラン」をつくることにしました。
この連載では、実際にそのプランに沿って町を回って体験したこと、感じたことを綴ります。
新しい東北の光を発見する1泊2日の旅。第九回は、鉄の町・釜石にやってきました。
2015年に橋野鉄鉱山が世界遺産に登録された岩手県釜石市
<1日目>
東京から釜石へ
釜石は、第二回で訪れた大槌の手前にある町です。今回案内していただく「三陸ひとつなぎ自然学校」の伊藤聡さん・柏崎未来さんとは、大槌の帰りに吉野さんからご紹介いただき知り合いました。
ふたりとも釜石生まれ釜石育ち。震災前、伊藤さんは釜石の旅館で、柏崎さんは北海道の自然学校で働いていたそう。ボランティアコーディネートをきっかけに三陸ひとつなぎ自然学校を立ち上げました
聞くと、三陸ひとつなぎ自然学校では年に一度、釜石市内各地でさまざまな体験プログラムを提供する「Meetup Kamaishi」というイベントを運営しているとのこと。パンフレットには、ワカメ漁師への弟子入りプログラムや釜石製鐵所工場見学など、釜石特有の体験がずらりと並んでいました。これは釜石の案内人をお願いするしかありません! 何度かメールでやりとりし、2月の終わりに釜石を再訪しました。
7時16分発のはやて111号に乗車し、新花巻でJR釜石線へと乗換。釜石に着いたのは正午の少し前でした
飛田 大槌のときもそうだったんですが、ネットで釜石の観光情報を検索しても、そんなにピンと来る情報がなくて。やっぱり地元で活動している人に聞くのが一番だな、と思いました。
伊藤さん それは釜石の課題のひとつですね。三陸ひとつなぎ自然学校のサイトも情報の更新が追いついていなくて。
飛田 今回の訪問記が、ひとつの情報源になれば幸いです!
「創作農家こすもす」で甲子柿に舌鼓
釜石市甲子地区にある「創作農家こすもす」
伊藤さんたちと合流して最初に向かったのは、「レストランこすもす」と「こすもす公園」を運営する「創作農家こすもす」。店長の藤井サヱ子さん、スタッフの深澤鮎美さんが笑顔で迎えてくれました。
左が深澤さん、右が藤井さん
レストランでは、自家栽培の野菜を中心に、釜石の素材をふんだんに使った料理を提供しています。店内に入ると、伊藤さんがあらかじめ注文しておいてくれた「季節限定こすもす御膳」が配膳されていました。
三陸ひとつなぎ自然学校のインターンや学生ボランティアのみなさんも取材に同行。みんなで一緒に「いただきます!」
飛田 天ぷらにふろふき大根にオクラの和え物と、野菜たっぷりですね! この赤いのは、トマト……?
深澤さん これは「甲子柿(かっしがき)」と言って、渋柿を室に入れて渋を抜いた甲子地区の特産品です。いままでは旬の時期しか食べられなかったんですが、細胞を壊さず冷凍できる瞬間冷凍技術によって、通年食べられるようになりました。半解凍で食べるのが美味しいんですよ。
飛田 本当だ、美味しい! 口に入れた瞬間はひんやりしていてシャーベットのようだけど、身はトロッとしたゼリーのような食感ですね。実はあんまり柿が得意じゃないんですが、これは好きだなぁ。「こすもす御膳」にはいつもこのデザートがついてくるんですか?
深澤さん いえ、今回は伊藤さんからご要望があったのでお付けしました。事前にご連絡いただければご用意しますので、お気軽に問い合わせていただけたら。
特別に「甲子柿ジェラート」も味見させてもらいました。洋酒が効いた甲子柿とミルクアイスの相性は抜群! 冷凍甲子柿と甲乙つけがたい美味しさです
食後は隣接する「こすもす公園」へ。ここは、藤井さんが大勢のボランティアと一緒につくった公園です。
大木を逆さまにしてつくった「ピノキオすべり台」
震災後、公園やサッカー場に仮設住宅が建てられ、子どもたちがのびのびと遊べる場所は少なくなりました。そこで藤井さんは、レストラン前のコスモス畑を公園として開放することにしたのです。公園づくりには地域内外からたくさんの大人が参加。通常の公園と同じ遊具を設置するのではなく、自分たちで木材を運んで設計し、遊具やベンチを製作しました。
土管のトンネルに展望台、クライミングウォール。冒険心をくすぐられる空間です
隣接する工場の壁は元々灰色でした。「震災のことを思い出す」という子どもの声をきっかけに、アーティストが絵を描いてくれることに。見ているだけで気持ちが明るくなる「希望の壁画」です
木製電話ボックスの中に吊るされているのは「希望の鐘」。子どもたちは何を願って鐘を鳴らすのでしょうか
「ピノキオすべり台」の下は大きなブランコになっています。親子でも楽しめそう!
独創性があり遊び心に溢れたこすもす公園は、ありきたりの遊具や公園よりも子どもの想像力や好奇心を養うことでしょう。子どもたちが自由にのびのび遊べる場所を、大人たちが自由な発想でDIYする。最高に楽しい"大人の遊び"ではないでしょうか。
鉄の町で鉄のものづくり。「△tetsumono△」工場見学
伊藤さん 釜石は釜石製鐵所の企業城下町として栄えた町です。しかし、技術革新と効率化により人手は不要となり、子会社は次々と倒産しました。そうした中、製鉄技術を元に取引先を開拓し、新たな事業をつくることで生き残った会社もあります。これから訪問するのは、そんな会社のひとつです。
車の中で伊藤さんから簡単に説明を受け、大平町の工業団地に建つ「岩間鉄工所」へ。半導体関連機器の製造装置の一部溶接などを企業から請け負うほか、鉄製雑貨ブランド「△tetsumono△」を製作する企業です。3代目の岩間邦明さんが工場内を案内してくれました。
「△tetsumono△」を製作する岩間邦明さん
2013年から製作している「△tetsumono△」シリーズ。トイレットペーパーホルダーやコンセントカバーなど、鉄を使って身近なインテリア雑貨・小物類を製作しています
岩間さん 岩間鉄工所は、新日鐵の下請け会社で修行した祖父が昭和21年に独立して始めた会社です。この工業団地には昭和42年に移りました。当時は鉄鋼業関連会社が10社ありましたが、当初から残っているのは2社だけ。震災で機械や設備が壊れ、60~70代の先輩方は廃業を選んだのです。私は幸い30代だったので、借金をして再建することにしました。
飛田 この工場も津波を被ったんですね。
岩間さん はい。建物自体は流されずに残りましたが、機械はダメでしたね。最初はあまりの惨事に再開なんて不可能だろうと思ったけど、ありがたいことにお客さんからは仕事の依頼が来るんです。取引先の社長さんも機械を寄付してくれて、「これはやんなきゃいけないな」と気持ちが動きました。借金は10年で返すことになっているので、あと4年ですね。
さらりと話してくれた岩間さんですが、工場内には大小様々な精密機械が並んでいました。これを1から買い揃えるとなると、いくら寄付や支援を受けたと言ってもかなりの額になるはず。相当な覚悟が必要だったのではないでしょうか。
実際の製造風景を見せてもらいました。パソコンで設計図を読み込むと、機械が自動で動いていきます。半透明の黄色い幕は、紫外線から目を守るためのもの
わずか数十秒でプレートに文字が刻まれました。 自分の家の表札もつくってほしくなります
「好きなものを描いてください」と手渡されたプレート。三陸ひとつなぎ自然学校のロゴマークを描くと、岩間さんが機械を駆使して線を記録していき……
イラスト通りに押し出し溶接加工されたプレートの出来上がり!
おもむろに次の作業を始めた岩間さん。火花を散らしながら手を動かす様子がかっこいい! 覗いてみると……
フリーハンドで自分の名前を鉄に刻んでいました。色んな加工方法があるんだなぁ
鉄同士を繋ぎ合わせる溶接も体験。宇宙服のようなマスクを被ると、光が遮断され手元がよく見えます
S字フックづくりに挑戦。機械を使わず、自分の力で鉄の棒を曲げていきます
ちゃんとSの曲線が出来ました!
飛田 鉄製品って少し冷たいイメージというか、「機械で自動的につくるもの」「自分の手を加える余地のないもの」と思っていました。でも機械を使う場合でも人の手が入るし、職人の感覚も必要なんですね。
岩間さん 鉄のものづくりは一般の人にとって身近なものではないですし、説明が難しいので中々伝わりません。そうすると次の世代に後継者が育たず、業界も衰退してしまう。だから、こうして作業風景を見て、実際に体験して感じてもらえたら、と思っています。
最後はみんなで記念撮影!
フォトスタンドやマグネット、キーホルダー、S字フックといった「△tetsumono△」製品をお土産としていただきました。岩間さん、ありがとうございます!
橋野町の佐々木さん宅でそば打ち体験
工場見学の後は、釜石の外れにある橋野町へとドライブ。中心部から大槌方面に向かう間に、車窓を流れる景色は一変しました。
飛田 中心部は建物も多く「復興が進んでいるな」という印象でしたが、周辺はまだまだなんですね。
伊藤さん 中心部はかさ上げをせず早く町を復興させることを選んだんです。その結果、店の営業も再開し、活気が戻ってきています。一方、ほかのエリアはかさ上げを選択したため、いまもまだ工事中です。
飛田 家や店舗を再建して元の暮らしを取り戻しているエリアと、工事が終わらず多くの住民が仮設住宅で暮らしているエリアとが隣接しているんですね。どちらがいい、悪いという話ではないけど、複雑な気持ちになりそうだなぁ……。
更に山奥へと進むと、道を並行して流れる鵜住居川沿いには倒れた木々が散乱し、橋も崩れ落ちていました。
伊藤さん 2016年8月に発生した台風10号による被害です。橋野町は一時的に孤立して、住民は4か月間仮設住宅暮らしをしていました。
飛田 そんなに被害がひどかったんですね。知りませんでした……。
伊藤さん 震災のときは山の人が海の人を受け入れましたが、今度は逆に海の人が山の人を助けたんですよ。実は、これができた地域はそんなに多くありません。海と山は文化も気質も逆で、仲が悪いことがほとんど。でも、釜石は同じ郷土料理研究会に海の人も山の人も参加していたりして、震災前から関係が良好だったんです。
柏崎さん ちなみに、これから行くお宅のお母さんも郷土料理研究会のメンバーです。お料理がとっても美味しいんですよ。
そんな話をしている内に一時間程経ったでしょうか、窓の外はすっかり雪景色に。よく、三陸に行ったことのない人から「冬は雪が大変でしょう」と言われ、その度に「内陸部は雪に包まれるけど、海風が吹く沿岸部はそんなに降らないし積もらないんですよ」と答えていたのですが、三陸地方でも少し山へ行けばこんなに雪深くなるのですね。
本日の宿は、この橋野町にある佐々木正太郎さん・かよさんのご自宅です。おふたりは震災後から本格的に民泊を受け入れるようになったといいます。
かよさん ボランティアさんの泊まるところがなかったから、うちに来てもらうようになったんです。橋野町は限界集落で8世帯しかないし、住んでいるのは高齢者ばっかりなんですよ。だから、若い人が来て賑やかになるのは嬉しいことなんです。民泊された方もね、「おばあちゃんちに来たみたい」と喜んでまた来てくれたりして。
飛田 いい関係ですね。でも、台風のときは被害が大きかったと聞いています。
かよさん 集会所で一週間共同生活して、仮設住宅で4か月暮らしました。しばらくは民泊の受け入れもできなかったんだけど、戻ってきて再開したら、郷土料理研究会のつながりで知り合った東京の学生さんが遊びに来てくれて、「また会えてよかった」って泣いてくれたの。やっぱり、そういうつながりが嬉しいですね。
壁に飾られた写真やアルバムを指差しながら、これまでに民泊した人たちとの思い出を話してくれた佐々木さんご夫婦。訪れた人との交流を何より大事にしていることが伝わってきました。
一息ついたら夕飯の準備です。この日はそば打ち体験をさせてもらいました。生地を捏ねるときは力を入れてしっかりと。これが意外と重労働で、一分ずつ交代しながら捏ねました
炊き込み御飯に焼き魚、天ぷらにおそばと、地元で採れた野菜を中心とした豪華な夕食! デザートのくるみ豆腐はかよさん自慢の一品です
美味しい手料理に和やかな団らん。旅の疲れが癒されます
佐々木さん宅では、そば打ち体験以外にも農業体験や餅つき、郷土料理づくりなどさまざまな体験ができるとのこと。民泊を希望する方はA&Fグリーン・ツーリズム実行委員会に問い合わせてくださいね。
< 釜石1泊2日観光モデルプラン >
1日目
7:16 | 東京駅発(はやて111号盛岡行き)/新花巻でJR釜石線に乗り換え |
11:58 | 釜石駅到着、レンタカーを借りる |
12:30 | 「創作農家こすもす」で昼食 住所:釜石市甲子町5-72 電話:0193-27-3366 *こすもす御膳 1,000円 http://www.sousakunoukacosmos.net/ (2022年12月15日時点 アクセスできなくなっています。) |
14:00 | 「△tetsumono△」工場見学 住所:釜石市大平町4-1-30 電話:0193-22-5328 *体験料5,000円 体験希望者は三陸ひとつなぎ自然学校にお問い合わせください。 |
17:00 | 橋野町・佐々木さんの家に民泊 *民泊体験料6,100円 宿泊希望者はA&Fグリーン・ツーリズム実行委員会(0193-22-2111)にお問い合わせください。 |
※2017年2月時点の情報です。訪問する際は、現住所・定休日・営業時間をご確認ください。