第2弾 逃げて、生き延びる。防災訴え続ける「津波伝承館」5年半の軌跡(後編)

東日本大震災の被災地では、震災前から地域が抱える問題が、震災によってさらに目立ってきています。震災をきっかけに、様々な団体がこうした問題の解決に向けて取り組んでいます。本連載では、地域の抱える問題を解決するため、大きな貢献をされている個人や団体の活動を全20回にわたって紹介します。


津波の恐ろしさや防災の重要性を、地道に語り部として活動を続けている「津波伝承館」が岩手県大船渡市にある。被災当時の生々しい映像や写真、またそれを使った語り部による被災体験に触れようと、国内外から多くの人たちが訪れている。全国的に自然災害が多発する中、防災の必要性を感じることのできる貴重な場所だ。

紙芝居に子どもたちが熱視線。防災マップも作成

「逃げろー!」。突如、大きな声が響き渡った。紙芝居をしながら大声を出す男性の一挙手一投足に、子どもたちが息を飲むように見入っている。これは、大船渡津波伝承館が実施している津波の脅威と避難の大切さを伝える活動の一幕だ。


津波の脅威を伝える自作の紙芝居に、子どもたちが真剣な眼差しを向ける。

津波の脅威を伝える自作の紙芝居に、子どもたちが真剣な眼差しを向ける。

大船渡津波伝承館の館長・齊藤さんは、「子どもたちに津波の映像を見せて被災体験を語っても、なかなか集中して聞いてもらえないことが少なくなかった」というこれまでの傾向と反省を踏まえ、あるときから津波が襲ってきた当時の状況などを紙芝居で伝えることにした。すると子どもたちは目の色を変え、「真剣に見入ってくれることが増えた」と好評だったという。


紙芝居の演者が”本格派”だったことも大きい。演じる男性は、大船渡市出身の元劇団俳優。以前から津波伝承館の活動を個人的にサポートしていた人で、法人の理事も務めている。「まるで紙芝居を超えた演劇のようだ」(齊藤さん)と、その迫真の演技が子どもたちの心を一気に引きつける要素になっているようだ。最近も、8月に山口県から遠路はるばる小学生が津波伝承館を訪れ、紙芝居や津波の映像などを通じて防災学習を行った(写真参照)。


元俳優の男性による紙芝居は、迫力満点で子どもたちに好評という。

元俳優の男性による紙芝居は、迫力満点で子どもたちに好評という。

実際、齊藤さんたちの紙芝居をはじめとする伝承活動に触れ、自主的に防災活動に取り組む例もある。例えば、同市吉浜地区にある小学校では、生徒たちが防災避難マップを作成する動きがあった。また、市内の別の小学校でも、災害時の非常食の作り方などを学ぶサバイバル生活体験が行われているという。


齊藤さんは、「子どもたちのそうした反応は嬉しい。自然災害は思いもよらないときに起こるものだ。私たちの講演を聞いて、そうやって防災意識を少しでも高めてもらうことができれば、いざというときに役に立つはずだ」と笑顔を見せる。


「自分には関係ない」に風穴を開ける

「日本の防災意識はかなり低い」。齊藤さんは、危機感を口にする。「正常性バイアス」という言葉がある。社会心理学や災害心理学の分野で用いられる心理学用語で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のことを指す。


自然災害で避難警報や指示があったり、火事や事故などで自らに何らかの被害が予想される状況下でも、「今までも避難せずに済んだ」「自分は関係ない」「まだ大丈夫」などと自分の都合のいいように解釈し、都合の悪い情報を無視したり危険を過小評価するなどして、逃げ遅れの原因となるケースは少なくない。実際、2017年7月の九州北部豪雨や2018年7月の西日本豪雨などでも、そうした事態を指摘する報道が少なからず見られた。


多くの人たちに潜在するそうした意識に、なんとか風穴を開けたい。齊藤さんは、そう強く思っている。「『今まで経験したことがないから、避難しない』といった判断をしてしまうと、大きな犠牲につながるのではないかと危惧している。だからこそ、自然災害に対する心構えの必要性を、多くの人に伝えていかなければならない。」


齊藤さんは今も、防災の大切さを各地で訴え続けている。

齊藤さんは今も、防災の大切さを各地で訴え続けている。

齊藤さんが日々の伝承活動で、投げかけていることがある。特に、内陸部に暮らす人たちに対してだ。それは、「『自分には関係ない』と心のどこかで思っているかもしれないが、例えば子供や孫が今後もずっと同じ場所(内陸部)で生活するとは限らない。津波の心配がある沿岸部に移り住むかもしれないし、仕事でよく行くことになるかもしれない。だから、少しでも津波の恐ろしさや避難の必要性を自分事として考えてほしい」といった内容だ。その言葉は、南海トラフ巨大地震が懸念される西日本に住む人たちにも向けられている。


津波伝承館としては、今後も津波被害から得た教訓を地道に伝えていくつもりだ。活動は少人数で運営しており、齊藤さん自身も高齢の身だ。無理のない範囲で、「私の話を聞きたい人がいる間は活動を続ける」としており、伝承館への来訪や各地への講演依頼はこれからも引き受けるという。


「100年単位で見ると、津波は何度も来ている。今後も津波は必ず来る。実際に起きてしまったときに、『齊藤さんの話を聞いて助かった』という人が少しでもいてくれたら、活動をしてきた甲斐があるということだ。とにかく、津波が来たらしっかり逃げて、助かってほしい。」


齊藤さんの訴えは、実にシンプルだ。ただ一方で、頭ではわかっていても、なかなか行動が伴わない心理や実態があることも事実だ。その壁を打ち破るために、粘り強く、人々の心に訴えかけ続ける。大船渡津波伝承館が果たすミッションは、7年半経った今も少しも色褪せていない。


<成果を出すためのポイント>

  • ・”待つ”だけでなく、外へ出向いて伝承活動を行う
  • ・映像や写真だけでなく、紙芝居を使うなど多様な手法を用いる
  • ・全国の自然災害に教訓を活かし、災害を“自分ごと”として捉えられるようにする
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