第5弾 風評被害をはね返す「高校生が伝えるふくしま食べる通信」(後篇)

 東日本大震災の被災地では、大きく姿を変えたふるさとの復旧・復興に向かい、困難を克服したり、震災前からの課題を解決したりするさまざまな取り組みが続けられています。本連載では、昨年度「新しい東北」復興・創生顕彰を受賞された個人・団体の活動を紹介します。


 2015年4月に創刊した「こうふく通信」は、2018年2月には第12号を発行する。「こうふく通信」は、福島の風評被害払拭への貢献と編集部の高校生の成長という目的に向かって、どのように前進しているのだろうか。


 原子力の事故から7年が経過しようとする中、福島県産の農産物は検査が徹底され安全が確認されているが、福島産を敬遠する消費者の方もいる。風評被害の払拭に対して、「こうふく通信」は次のように考え努力を続けている。創刊にあたって、福島産を敬遠する方の考えを尊重することとしたのだ。その上で、福島県内でおいしい農産物を作っている生産者の想いと姿を伝えることによって、まず読者とその周りの方々に安心を共有してもらい、時間はかかっても風評被害をなくすことに貢献することを志している。


 「こうふく通信」は、各地で発行されている「食べる通信」の連盟組織である「日本食べる通信リーグ」に加盟している。熊本県の「水俣食べる通信」との交流も生まれた。かつて、水俣は公害で大変な苦労を余儀なくされた。水俣湾では1997年に安全宣言が出され漁業が再開したが、長く風評被害に苦しんだ。しかし、今、水俣は環境を大切にする地域として全国から尊敬されている。水俣の経験は、「こうふく通信」の役割と可能性を示している。

写真5.jpg(写真6)編集会議の様子

 
 高校生はどのように成長しているのだろうか。

 高校生編集部員の取材先は、広い福島県の各地に及ぶ。取材は、「福島にはこんな文化や歴史があったんだ」という発見の場でもあり、高校生たちにとって自分自身が生まれ育つ福島を深掘りする場でもある。高校生たちが福島県内の各地で真剣に生きる生産者の想いに深く向き合うことは、自分自身と福島とのあり方を内省する機会となる。

 2018年2月発行予定の第12号の編集長を務める渡辺瑠奈さん[(17)安積黎明高校2年]は、梨農家としての両親の想いが第4号で取り上げられた。取材を受ける両親の話を聞いて、「こんな想いで梨を栽培しているんだ」と感動した。農業のことには関心がなかった渡辺さんだが、母親の勧めもあって「こうふく通信」の編集部に加わった。「将来は航空会社のキャビンアテンダントになりたい」と思っていたが、今は「自分と相手が幸せになれる仕事をしたい。農業と食にかかわりたい」という。

写真6.JPG(写真7)渡辺さん親子


 「こうふく通信」のキーパーソン、菅野さんは、明治大学に進学して心理社会学科で学んでいる。時には、福島で後輩たちの活動を手伝うこともある。菅野さんは編集部時代を振り返り「後輩や周りの人に助けられた。人に恵まれた」という。菅野さんは「地方と農業は切り離せない。農業のあり方がその地域の存続可能性に影響する」と考えている。そして、菅野さんの想いと行動は、原発事故による避難指示が2017年3月に解除されたばかりの浪江町の復興と農業に強く向かっている。浪江町の住民と一緒に「花」で新しい価値を創っていこうとしているのだ。菅野さんはこうして成長を続け、後輩たちはそんな菅野さんに憧れて前進する。「あすびと福島」が人材育成の仕組みとして目指す「憧れの連鎖」が始まっているのだ。将来の編集部は、その学生たちが社会人となって自ら経営する発展形も期待される。

 福島の風評被害の払拭にも、福島の復興を担う若い人材の育成にも、長い時間がかかる。そのための有効な仕組みとして「こうふく通信」を継続することが必要である。「志はソーシャル、仕組みはビジネス」これは「あすびと福島」が大切にするモットーだ。どんなに社会的な意義があっても、経済的な持続性がないと結局は役に立たない。各号の購読料は2500円であり、700名の読者の購読のおかげで、高校生編集部の取材経費、情報誌の印刷代、食材の購入費、読者への送料などの直接経費をまかなえるまでになった。事務局長の椎根さんと読者サービスを担当する丸山さんの間接経費は「あすびと福島」が負担しているが、これは編集部高校生の成長のための必要経費であり、全体として「志はソーシャル、仕組みはビジネス」が成立している。

写真7.jpg(写真8)個人読者との交流や企業での読者募集は高校生たちがさらに成長する場でもある。

 
 「こうふく通信」は、多くの個人読者に支えられているとともに、CSRとして企業が支援していることも特徴だ。「こうふく通信」の母体である「あすびと福島」は多数の企業の社員研修を企画・運営しているが、凸版印刷、東芝、三菱商事、NEC、ジョンソン&ジョンソンなどの企業では各社の社員有志の前で編集部員が「こうふく通信」の購読を訴え、読者の広がりに繋がっている。また、地元福島の東邦銀行は、お客さまに読んでいただくため主だった支店に「こうふく通信」を置き、食材は社員食堂で利用している。

 「こうふく通信」を取り巻く関係者は、労働組合にも広がろうとしている。「あすびと福島」での研修が縁となって、三菱電機労働組合が全国の35拠点で購読を検討しているのだ。

 福島の高校生たちが福島の生産者の想いを伝える「こうふく通信」は、福島に向き合う新たなコミュニティを創ろうとしている。

写真8.jpg(写真9)生産者と読者と編集部員の交流

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