第7弾 子ども支援の使命感を持ってUターンを決意(特定非営利活動法人TEDIC)


2018年7月に開設された「石巻圏域子ども・若者総合相談センター」の運営を、宮城県から委託されたNPO法人TEDIC。代表理事の門馬優氏は、被災地の子どもの学習支援に入ったことをきっかけに自身の進路を大きく変え、石巻の子どもたちの支援に全力を傾けるようになった。その門馬氏の人物像に迫る。


困難を抱えた子どもの支援が自分の使命

門馬優氏は、東日本大震災当時は大学4 年生で、教職大学院への進学が決まっていた。しかし、東日本大震災を受け、約半月後には出身地である石巻に入り、被災者支援に当たった。


その後、大学院が始まるのに合わせ東京に戻るが、「東京の日常と被災地の現実との落差の大きさに耐えられない気持ちだった」という。5月に入って教職大学院の学生17人でグループ「TEDIC」を結成し、週末ごとに石巻に入り、子どもの学習支援、居場所づくり支援の活動を始めた。


そうした活動の中で門馬氏は、ショックから立ち直れないでいる子、必死に救いを求めてくる親、外部者の支援が入ったことで「救われた」と感じている子など、困難な状況に直面しているさまざまな人たちと出会う。


「東日本大震災の有無にかかわらず、いろいろな事情の中で学ぶ機会を失ったり、家族を失ったり、生きることに嫌気がさしていたりしている、そんな子どもたちに出会いました。当初、活動は夏休みが終わる頃までと考えていましたが、彼らを前にして、どうしても辞めると言い出せず、続けていくことに決めました」(門馬氏)



時間の経過とともに状況は変化し、TEDICの活動形態、内容も変化していく。


2013年3月、門馬氏は、大学院卒業を機に石巻へのUターンを決めた。自分なりの子ども支援の形を模索していく中で、宮城県内の若者たちだけで活動していける体制が出来上がっていった。また、門馬氏の母親の知人が地元の小学校の校長を務めていたことをきっかけに、複数の学校で、先生方と共に放課後の校内での活動も始めた。


一方で、それまでTEDICが関わってきた子どもたちが少しずつ変わっていく様子を感じ取った保護者たちが、その“実績”を口コミで広げていった。結果、学校生活を送れる状況にない子どもたち——例えば、いじめを受けている子、家庭に問題を抱えている子、不登校の子——が、TEDICに集まるようになってきた。その中で、門馬氏は、地域の医療や福祉の専門家、専門機関との協力、連携の必要性を強く認識していった。


「教員志望でしたが、以前から『学校外のリソースを取り込むことで学校を支えていくことはできないか』という問題意識を持っていて、大学在学中は、教育系のNPO法人で活動していたこともありました。石巻にUターンしてきたときは、教職に就くのではなく、地域の学校外の人材として子どもの支援に、多様な形で、多様な組織と連携して当たることが自分の使命だと思い、懸命にやっていました」(門馬氏)


東日本大震災を契機に、困難な状況に置かれた子どもたちの実情を目の当たりにした門馬氏。被災という不幸な形がきっかけではあったが、その門馬氏が使命感と覚悟を持ってUターンしたことで、それまでにはなかった子ども支援の形が石巻で始まったのだ。


特定非営利活動法人TEDIC(宮城県石巻市)
https://www.tedic.jp/