第9弾 “一緒につくって、一緒に食べる”料理教室。仮設住宅などで3,400回超、コミュニティの再生支える

味の素グループは2011年10月から、岩手・宮城・福島3県の仮設住宅の集会所などで料理教室などを行う「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」に取り組んでいる。地元の行政や社会福祉協議会、食生活改善推進員協議会、NPOなどと連携し、これまでに約3,470回実施。「食」を通じた栄養改善に加え、コミュニティの再生をサポートしている。2017年4月から、公益財団法人味の素ファンデーションに事業を移管して継続中だ。

「住民の健康悪化」と「コミュニティの希薄化」に直面

仮設住宅の集会所にエプロン姿の女性たちが集まり、楽しく会話しながら一緒に料理を楽しんでいる。中には慣れない手つきで、悪戦苦闘している様子の男性の姿も。完成した料理に、参加者の笑顔が一気に弾けた。公益財団法人味の素ファンデーション(以下、味の素ファンデーション)が調理台や食材などを提供して開催している料理教室の一コマだ。


一緒に料理をすると、初顔合わせでもすぐに意気投合(福島県浪江町にて)

一緒に料理をすると、初顔合わせでもすぐに意気投合(福島県浪江町にて)

味の素株式会社は東日本大震災後の2011年10月以降、岩手・宮城・福島の3県で、仮設住宅で暮らす住民らを対象にした料理教室を開催している。狭い仮設住宅のキッチン、不慣れな生活で栄養が偏りがちだった食事状況を支援するとともに、参加者らが一緒に料理をすることで交流の輪が広がり、コミュニティの再生にも一役買っている。


「現地がどんなことに困っているのか。ニーズを吸い上げてきてほしい」。2011年7月、専任担当者を現地に送り込んだことから、プロジェクトは動き出した。東日本大震災を受け、味の素グループとしては発災直後から物資提供や炊き出し支援などを行っていたが、「より現地に根ざした活動をしよう」との思いがあったという。


被災地に派遣された担当者はその後、各地を駆け回り、本業と関連深い「食」や「栄養」に関する課題を中心に関係者へのヒアリングを繰り返した。そこから見えてきたのは、仮設住宅での暮らしによって栄養バランスが偏り、住民に健康悪化の心配があること。また、仮設住宅という新たなコミュニティにおいて住民間の交流が希薄となり、高齢者を中心に孤立や引きこもりが生まれていること。こうした課題が浮かび上がってきた。


そこで、栄養バランスのとれた食事を住民同士が「一緒につくって、一緒に食べる」ことは、住民の健康問題の改善のサポートになるとともに、新たな交流のきっかけになるのではないかーー。そう考え、料理教室を中心とする「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」を立ち上げた。


実は、味の素グループは以前から、初心者を対象にした料理教室を全国各地で開催していた。移動式の調理台や開催に必要な資材がある程度揃っており、そうした運営のノウハウをスムーズに活かしやすかったことも大きかったという。


男性限定、保育園児対象の教室も

プロジェクトの活動内容は、「健康・栄養セミナー」「男の料理教室」「あじのひみつ」の主に3つのセミナーで構成される。


その中心となっているのが、「健康・栄養セミナー」だ。対象は老若男女と幅広く、参加者にはまず減塩や野菜の摂り方など栄養改善に関するレクチャーを行い、その後専属の栄養士が開発したレシピを参考に参加者同士が一緒に調理。料理が完成した後はテーブルを囲み、料理を味わいながら楽しく会話する。


みんなでつくると、より美味しい(岩手県陸前高田市の開催風景)

みんなでつくると、より美味しい(岩手県陸前高田市の開催風景)

「男の料理教室」は、文字通り男性に限定したものだ。男性は女性に比べて引きこもりやアルコール依存に悩むケースが少なくない。実際、最初に始めた「健康・栄養セミナー」にもなかなか男性には参加してもらえなかったという。そこで、「男性限定」にして参加へのハードルを下げたのだ。


さらに、子どもたちへの食育にも取り組んでいる。それが、「あじのひみつ」だ。東北地方はもともと塩分摂取量が多い地域として知られる。そのため、減塩対策の1つとなる「うま味」について学んでもらうセミナーを保育園の園児に向けて開催しているのだ。


岩手県山田町で開催された「男の料理教室」。料理の腕前を上げているという。

岩手県山田町で開催された「男の料理教室」。料理の腕前を上げているという。

現地パートナーを“主催者”に。延べ約5万人が参加

料理教室を運営するうえで、味の素ファンデーションがこだわっていることがある。その1つが、プロジェクトのスタッフはあくまで“サポート役”に徹することだ。


これまで開催してきた料理教室は、現地の協働パートナーが“主催者”となっている。具体的には、地元の社会福祉協議会や食生活改善推進員協議会、NPO 、大学、仮設住宅の自治会などで、人数にすると約300人に達するという。スタッフは移動式調理台や調理器具、食材準備、レシピを提供するなどの役回りに徹することで、現地に根ざした活動にしたい考えがあるからだ。


現在、プロジェクトの東京デスクを担当している味の素ファンデーションの齋藤由里子マネージャーは、「真の復興に向け、地域に根差した、地域の主体性を引き出す活動にしていただくには、現地のパートナー団体が主役になるのが一番だ」と語る。


料理教室でつくるレシピにも、プロジェクト独自のこだわりがつまっている。「1献立あたりのカロリーや塩分、タンパク質の量、コストに基準を設けているほか、地元で簡単に入手できる食材を使う、季節を意識するなど工夫を凝らしてしている」とは、レシピを毎月作成している岩手県釜石市出身で専属栄養士の三浦優佳さん。


レシピを作成している釜石市出身の栄養士・三浦さん。

レシピを作成している釜石市出身の栄養士・三浦さん。

3つの料理教室・セミナーはこれまでに3県の49市町村を舞台に3,469回実施し、参加者は延べ52,767人(いずれも2018年11月末現在)に到達。この数を見ただけでも、活動の広がりと現地の歓迎ぶりがはっきりとわかる。


三浦さんは、引きこもりがちだった住民が「料理なら」と重い腰を上げ、終わった後は「また来たい」と笑顔で帰っていくシーンを何度も目にしてきた。「食べることは毎日のこと。誰もが参加しやすく、関心も持ってもらいやすい。家でもう一度つくっていただけるなど、その後にもつながる。今は参加エントリーが受け切れないくらいの状況」と手応えを口にする。


完成した料理。豚肉や切り干し大根、めかぶなど多彩な食材が並ぶ。

完成した料理。豚肉や切り干し大根、めかぶなど多彩な食材が並ぶ。

味の素ファンデーションで専務理事を務める重宗之雄さんも、単に栄養改善だけでなく、食を通じて広がる住民同士のコミュニケーションや笑顔に接し、「一緒に料理をつくることでコミュニケーションが生まれ、おいしいものを食べて笑顔になる。食の力を改めて痛感している」と話す。


ただ、最初から順調に参加者を集められたわけではない。東京の大手企業に対し、「ただの宣伝活動なのではないか」と警戒感を抱くような人もいた。現地の協働パートナーとも、最初からネットワークがあったわけではなかった。最初は開催そのものに理解を示してもらうのも大変で、一人ひとりに地道に声かけをして歩いたそうだ。では、どうやってプロジェクトを軌道に乗せていったのだろうか。


4人の社員が常駐、現地の声に耳傾ける

料理教室の参加者を集めたり、現地で手を組む協働パートナーを探したりするうえで、決定打になるような奇策があったわけではなかった。現在、福島県いわき市の拠点を担当する井澤敬道さんは、「一言で言えば、『傾聴』だ。現地のことは現地の人がよく知っている。じっくりと現地の声を聞き、寄り添うことを意識した」と話す。


いわき拠点で活動している井澤さん(右)と飯岡和也さん。

いわき拠点で活動している井澤さん(右)と飯岡和也さん。

現地の声を聞くーー。言葉にするのは簡単だが、実践するのは大変なことだ。大きかったのは、東京から担当者が出張ベースで現地に通うのではなく、現地に拠点を構えたことだった。宮城県仙台市と岩手県遠野市、いわき市の3カ所にそれぞれ拠点を開設し、各拠点に2人ずつスタッフを常駐させた(グループ従業員含む)。なお、遠野拠点は2018年6月末で閉鎖し、機能を仙台に移管したため、現在は2拠点で活動を展開している。


「現地に社員を常駐させたことは、現地との信頼関係を醸成するうえで大きかった。現地に張り付くことで、いろんな情報やニーズが入ってきた」と仙台拠点の山田幹夫さん。例えば、協働パートナー探しでは、より住民のニーズに応えられる体制を整備するため、現地で支援活動をしていたNPO法人ジャパン・プラットフォームに紹介してもらい、住民の個別状況に精通する社会福祉協議会などに協力を打診。そうしたパートナー団体から課題や要望を聞き取りながら、料理教室の企画・運営に役立てた。また参加者を募る際にも、協働パートナーの協力を得ながら、仮設住宅内を回るなどして地道に声をかけ続けた。そうして、少しずつ活動への理解が広がっていったのだ。


仙台拠点でも山田さん(左)、渡部篤彦さんが住民と一緒に現場を支えている。

仙台拠点でも山田さん(左)、渡部篤彦さんが住民と一緒に現場を支えている。

プロジェクトの成否を左右する鍵は、現地での活動だけではなかった。インターナルコミュニケーション(社内広報)も重要な役割を果たしたのだ。齋藤さんは、「社内の一部の人が動いているだけでは活動の継続性は担保できない。いかに社内全体に活動状況や現地の反響を発信して、共感者を増やすかが重要だった」と強調する。


そんな味の素グループ内の共感の広がりを象徴するのが、料理教室に参加する従業員ボランティアの存在だ。グループ従業員やOB・OGから募った募金などを現地までの交通費や宿泊費に充てる仕組みをつくり、これまでに延べ2,877人のグループ従業員がボランティアに参加(2018年11月末現在)。最近になっても初めて参加するグループ従業員が出てくるなど、活動の意義は脈々と受け継がれている。


公益財団法人に事業移管。活動の継続性を担保

そうした中、「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」は2017年4月に公益財団法人味の素ファンデーションに事業を移管した。同財団は、食や栄養改善を通じて社会課題を解決することを目的に立ち上げた組織で、ガーナの栄養改善プロジェクトやベトナムでの栄養士制度創設などに取り組んでいる。その一角に、東北のプロジェクトを盛り込んだのだ。


狙いの1つは、活動の持続性を担保するためだ。株主への説明責任などから、経済的利益や定量的成果を求められるのは営利企業の宿命だ。震災から約7年半という時間が経過する中で、企業各社は営利を目的としないCSRとしての復興支援活動をどう継続させればいいのか。頭を悩ます企業は少なくない。


味の素株式会社広報部の長谷川泰伸さん(ダイレクトコミュニケーショングループ長 CSR統括)は、定量的成果などは「もちろん重要な経営指標だ」としたうえで、「そういったものでは測れない、長く関わっていく必要のある社会貢献度の高い事業がある」と力を込める。それがまさに「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」で、味の素株式会社本体から切り離すことで、活動を継続しやすい環境を整えたのだ。現在は、味の素グループが同財団に拠出した活動資金をベースに、味の素株式会社所属の齋藤さん、重宗さんらを出向させて活動を続けている。


その重宗さんは、「現在は仮設住宅が徐々に閉鎖され、住民は災害公営住宅へと移っている。そこでまた、新たにコミュニティをつくり直す必要がある。その一方、いつまでも被災者にさせないために、地域の人たちに一層の主体性を発揮してもらえるようにサポートする必要もある」と活動を深化させる意気込みを語る。


自主開催増加へ。今年度60回を目標に

こうして「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」は今、8年目を迎えた。現在最も力を入れているのが、料理教室の自主開催を増やすことだ。


NPO法人つながりデザインセンター・あすと長町(宮城)による自主開催の様子。女子大生らも参加。

NPO法人つながりデザインセンター・あすと長町(宮城)による自主開催の様子。女子大生らも参加。

当初から将来的な現地主導の自立運営を想定し、協働パートナーを主催者にしてきた経緯があるが、そこからさらに一歩踏み込み、料理教室の運営そのものを現地のパートナーが行う仕組みに広げようというのだ。味の素ファンデーションのスタッフや味の素グループ従業員ボランティアは派遣せず、食材費や調理器具、レシピ提案などの間接支援にとどめる。自主開催は2018年度、前年度実績の10回から大幅に増やした60回の開催を目指しており、すでに4〜10月の期間に41回開催された。


ただ、「決して簡単ではない。人材、お金、安全・衛生管理などのノウハウ。そうしたリソースが必要」(齋藤さん)だからだ。そのため、現地パートナーに対して運営のノウハウを伝えるセミナーを開催しているほか、自主開催に必要な人材などのリソースが十分にある新たなパートナー探しにも日々奔走している。自主開催に向けたハードルは低くないが、それを飛び越えた先に、「ふれあいの赤いエプロンプロジェクト」はまた新たなステージへと突入する。


味の素の長谷川さん(左)と、味の素ファンデーションの齋藤さん。

味の素の長谷川さん(左)と、味の素ファンデーションの齋藤さん。

<成果を出すためのポイント>

  • ・将来的な自立運営を見据え、現地の協働パートナーを「主催者」にし、ノウハウを伝えたり、レシピを提供したりと側面支援を行う
  • ・“体験型”の料理教室にすることで自然なコミュニケーションを生み、栄養改善だけでなくコミュニティ再生につなげる
  • ・活動を継続させるために意義や成果を社内全体に発信し、共感者を増やす

活動の詳細はこちらから