第8弾 制度の壁を超え、高齢者と障害者が支え合う“共生型”の自立支援へ

愛さんさんグループ(宮城県石巻市)は、震災後のボランティアで被災地に入った際に雇用創出の必要性を感じ、2013年に高齢者向けの配食サービスを開始。2017年からは、リハビリ型有料老人ホームや、軽度の障害者を介護職員にするスクール事業などを行う共生型複合施設「愛さんさんビレッジ」を運営している。「誰もが生れ育った環境によって人生を制限されることなく、物心共に豊かな人生を拓ける地域」の実現に向け、人材育成と雇用創出に取り組み、新しい福祉事業モデルを目指している。

被災地に働く場をつくりたい

愛さんさんグループを率いる小尾勝吉さんが東北復興にかかわり始めたのは、石巻みなと小学校近辺にボランティアとして派遣されたことがきっかけだった。仮設住宅に住む人に挨拶をしても、さっと家の中に引っ込んでしまう人が少なくなかった様子を見て、被災した人たちが外に足を踏み出すきっかけをつくりたいと考えた。


「人は、働くことを通じて誰かの役に立つという実感を得る。それが生きがいにつながるのではないかと考えた」という小尾さんは、「被災地に働く場をつくりたい」という思いを胸に立ち上がった。


愛さんさんグループを率いる小尾さん。常に100年先のビジョンを見据えている。

愛さんさんグループを率いる小尾さん。常に100年先のビジョンを見据えている。


当時、神奈川県に住んでいた小尾さんは、松下幸之助や稲盛和夫などの理念型の経営者になることが、自分にとって公私ともに幸せに生きられる方法だと考え、同県で教育訓練関連の会社を創業するつもりで登記の準備まで進めていた。起業の背景にあったのは、一番困っているエリアで、困っている人たちのために事業を起こしたいという思いからだった。このような中、東日本大震災が発生。被災地は、人口流出などによって高齢化率が他の地域よりも早く進んだ“課題先進地”と言われ、実際に震災後に要介護認定者が増加し、それを支える介護職の有効求人倍率も上昇した。そうした深刻な社会課題に直面する被災地こそ、創業の地にふさわしいと考えたという。


それから、2年後の2013年に満を持して創業を始めた。まず初めに手がけた事業は、要介護高齢者向け配食サービス「愛さんさん宅食」だ。創業の地には塩釜市(宮城県)を選んだ。塩釜では、被災地沿岸部の中で一人暮らし高齢化率が最も高いにもかかわらず、仙台市ならほぼ毎日ある配食補助が塩釜では週1回のみと、行政支援が行き届いておらず、また、ほかの宅食事業者もいなかった。


もともと何のツテもない地での創業だったため、最初のスタッフは小尾さん夫婦の2人だけ。大家さんの分を合わせて3人分の配食で、売上は月数万円からのスタートだった。しばらくして仮設住宅に求人を貼り出し、新たなスタッフを2名採用。配達や盛り付けをしてもらった。その後、家が全壊した30代の男性を初の社員として迎えた。顧客は口コミのほか、スタッフみんなで開拓し、個人、法人、市からの受託、福祉施設など、比較的短期間に100件程度にまで広がった。


愛さんさん宅食の最大の特徴は、顧客の状況に合わせた介護(予防)の視点を取り入れたこと。糖尿病や腎臓病、高血圧などの食事制限や、噛む力に合わせて1人ひとり食事の内容を変えた専用メニューを用意した。もちろん少ないスタッフで何種類もの食事をつくる余裕はない。病気に対応したメニューは、大手の調理センターと提携し対応した。


「こうした細やかな対応をすると、どうしてもコストがかさむ。事業継続という観点からは非常に悩ましかったが、高齢者の食を担ううえでは必要経費。なんとか仕入れコストを交渉しながら続けた」(小尾さん)。現在は規模が拡大する中で、採算も合うようになり、配食事業はすっかり軌道に乗った。


配食事業を行っている塩釜市の宅配センター。弁当がずらりと並ぶ。

配食事業を行っている塩釜市の宅配センター。弁当がずらりと並ぶ。


高齢者支援と障害者支援の制度の壁を超える

実は、配食サービスと平行して「ウルトラマンサービス」を展開したことも、巷の事業者との差別化につながった。この「ウルトラマンサービス」とは、配食の際に食事の準備やゴミ捨てといった3分程度でできる軽作業を無料で行うほか、離れて暮らす家族やケアマネージャーからの要望に応じて、「見守り」の役割を担うというものだ。薬を飲んだか、ストーブが空焚きになっていないか確認するなど、ほんのひと手間をかけることで、単なる「お弁当屋さん」ではなく、地域の福祉の一端を担う立場としても活躍している。


東北復興への取っ掛かりとして始めた配食事業だったが、間もなく「これだけでは本質的ではないのでは」(小尾さん)という思いがよぎるようになる。高齢者の本当の幸せを考えるなら、配食に頼るのではなく、自分で食事をつくれるようになる方がいい。極論になるが、宅食業者が必要なくなる方がいいのではないか。そんな風にさえ考えた。同時に、障害者の仕事の幅を増やしていく必要性も感じていた。


そこで小尾さんは、雇用吸収率の高い福祉事業に本格的に乗り出すことにした。そうして2017年に石巻にオープンしたのが、自立支援特化型有料老人ホーム「愛さんさんビレッジ」だ。ビレッジは、リハビリに力を入れた老人ホームである点に加え、軽度の障害者をスタッフとして雇い入れるなど、共生型の複合施設である点が特徴だ。


一般に、障害者福祉と高齢者福祉の両事業は、制度の壁もあり、一緒に行うのは難しいと考えられてきた。だが、介護現場にまつわる3K(きつい、汚い、危険)のイメージを払拭したいと考える小尾さんは、「自立支援介護×障害者就労支援」という、日本でもまれな取り組みを通じて、新しい仕組みを実現している。その秘訣はどこにあるのだろうか。


家族経営からスタートした事業も、大勢のスタッフを抱えるまでに成長。

家族経営からスタートした事業も、大勢のスタッフを抱えるまでに成長。


科学的根拠を重視し、学術的なリハビリで成果

愛さんさんグループが運営する自立支援特化型有料老人ホーム「愛さんさんビレッジ」。リハビリに力を入れた老人ホームと障害者雇用を両軸に据えた、共生型の複合施設である。


多くの介護施設では、レスパイト(お世話型)の介護をすることがほとんどだが、「愛さんさんビレッジ」の基本精神は、入所者の意欲や活力を取り戻すことにある。そのため、手厚い介護の提供やリハビリだけではなく、「水分、栄養、自然排便、運動」の重要性に着目し、関係する学会の研究などに基づいたプログラムで、体力の回復を目指す手法が用いられている。


定期的な介護技術向上研修を行い、プロ意識の高いスタッフで確実な成果を上げる。

定期的な介護技術向上研修を行い、プロ意識の高いスタッフで確実な成果を上げる。

ユニークなのは、入所の際に「夢」を聞くことだ。リハビリをして入所時より元気になれることを前提に、どんな夢を叶えたいのかを聞いている。そのうえで、1人ひとりの水分摂取量や排せつ量、食事の食べ残し、運動量、BMI(肥満度を表す指数)などを毎日計測。アドバイザーの医師と連携し、科学的な根拠に基づいたリハビリ計画を立てたり、薬の量などを計画的に決め、症状の改善に向けて取り組んでいる。また、最新のリハビリ機器も取り入れている。ここまで徹底すれば、多くの入居者の症状は改善する。例えば、妄想性障害の精神疾患があり、一生要介護だろうと思われていた人が、入所後4カ月ほどで妄想がなくなり、「もう一度、魚釣りに出かけたい」という希望が叶いそうな状況まで改善したのだという。


こうした目に見える成果は、入所者本人が喜ぶのはもちろん、スタッフも自分たちの仕事に自信が持てるのだという。加えて介護費用の削減にもつながり、国にとっても福祉費が抑えられるため、まさに三方よしである。


こうした成果が出ているのは、「自立支援介護×障害者就労支援」の仕組みがうまく回っているためだ。高齢者と障害者が一つ屋根の下で協力し合っている中で、プラスの相乗効果が生まれているのだ。「人はみな、目の前の自分よりもケアをしなければいけない人がいると、しっかりするようだ。両者が持ちつ持たれつ支え合うことで、双方の自立支援を促す流れが生まれている」(小尾さん)


また、障害者や高齢者が「客」にならないよう、施設内で衛生委員や花壇委員、畑委員、美化委員など役割を担い、できる範囲でどんどん動いてもらっている。ほかの多くの施設では、掃除、洗濯、調理、配膳などの間接業務までを介護職員が行っているが、「愛さんさんビレッジ」ではその多くを障害者が賄ってくれる。そのため、介護職員がリハビリやケアという「本業」に費やせる時間が多く取れ、余計に成果が上がりやすくなっているという。特に軽度の障害者だと、作業書の作成など事務的な作業と向き合う仕事が多い。だが、人と向き合う仕事を通して、「ありがとう」と言われる経験が大事だと小尾さんは考えている。


「畑委員」として自家菜園での畑仕事に精を出す入所者も。リハビリ効果も期待できる。

「畑委員」として自家菜園での畑仕事に精を出す入所者も。リハビリ効果も期待できる。

自前の産業を生み出し、福祉事業の最先端モデルを目指す

今後さらに大きな成果を上げるため、「愛さんさんビレッジ」の敷地内にもう1棟、3階建ての施設をつくる第2期工事を2019年にも始める予定だ。2棟の建物を囲むように植樹も行い、近い将来には森に囲まれた、文字通り「ビレッジ」のような環境をつくることが小尾さんの当面の目標だ。


「多くの人たちに支えられてここまでやってこられた。自分の代で事業を終わらせるつもりはない。100年続くような企業として理念経営を継続し、社会に浸透させていく。この世の中から、社会的弱者という言葉が死語になる世界を目指す」と語る小尾さん。最初は家族経営から始め、徐々に社員を迎え入れ、創業3年目あたりからは幹部と呼ばれる社員が育ちつつある。愛さんさんグループでは、後継者育成を目指し、間もなく新卒採用にも踏み切る予定で準備を進めている。


「愛さんさんビレッジ」の理想の姿を完成させるには、自前の産業を生み出したいという願望もある。「障害者や高齢者がつくった商品が、日本や世界で売れる。そういう状態をつくりたい。そして、そのノウハウが福祉事業の最先端モデルとして全国へ広がればうれしい」(小尾さん)と希望は膨らむ。


震災で町内会が壊れてしまった今、盆踊りの復活を目指して夏祭りを開いた。

震災で町内会が壊れてしまった今、盆踊りの復活を目指して夏祭りを開いた。

<成果を出すためのポイント>

  • ・配食サービスに“ひと手間”加え、地域に欠かせない福祉事業者として信頼を得る
  • ・間接業務を障害者に任せることで、障害者雇用と介護職員の負担軽減を両立させる
  • ・「お世話型」ではなく、科学的根拠に基づいた介護で症状や体調の改善を図り、利用者の夢を叶える