第5弾 風評被害をはね返す「高校生が伝えるふくしま食べる通信」

 東日本大震災の被災地、福島の高校生が始めた「高校生が伝えるふくしま食べる通信」(こうふく通信)には、「福島の生産者の想いを届けたい」という高校生たちの熱い気持ちが込められている。 

(写真1)「こうふく通信」編集部の高校生たち(2018年1月).jpg(写真1)「こうふく通信」編集部の高校生たち(2018年1月)

 「こうふく通信」には前奏曲がある。そもそものきっかけを作ったのは、2012年に南相馬市で発足した一般社団法人「あすびと福島」だ。震災直後、自らの地元である南相馬に生活物資を届けるボランティア活動をしていた元東京電力執行役員、半谷栄寿さん(64)は、原子力事故への責任と地元への想いから、「福島の復興を担う人材が育つ場を創る」との志を抱いた。
 
 この「あすびと福島」が2014年5月から開始した高校生対象の「あすびと塾」に、後に「こうふく通信」のキーパーソンになる安積高校2年(当時)の菅野智香さん(20)が参加した。福島産の作物などに向けられる風評被害が気になっていた菅野さんは、「あすびと塾」での意見交換などを通じ、この問題をさらに考えた。8月の「あすびと塾」で菅野さんはこう発表した。「県外から『福島は危ない』といわれている。大好きな福島が誤解されて悔しい。福島の想いを届けたい」。これが「こうふく通信」の出発点になった。 

写真2初代編集長の菅野智香さんと「あすびと福島」代表理事の半谷栄寿さん.jpg(写真2)初代編集長の菅野智香さんと「あすびと福島」代表理事の半谷栄寿さん


 「風評被害を払拭するにはどうしたらいいか」。いろいろなアイデアが出た。「東京にアンテナショップをオープンさせる」「首都圏向けに農産物を宅配する」「高校生が農産物の売り役になる」……。そんな折に知ったのが岩手県花巻市を本拠にする「東北食べる通信」だった。「生産した人の想いを発信する情報誌とその想いがこもった農産物をあわせて全国の読者に届ける」事業だ。

 菅野さんはこの手法が自分の想いと重なった。「これなら想いが実現できる」「『高校生が伝えるふくしま食べる通信』をやりたい」と決意した。

 「こうふく通信」は、福島の生産者の想いを高校生たちが取材して記事にした情報誌と福島産の1次産品や加工品を一緒にして全国の読者に届ける社会的取り組みだが、これに込められている目的は二つ。

 一つは菅野さんの「悔しい」発言に象徴される風評被害を払拭することだ。福島県産品が安全で安心であることを広く知ってもらうことである。もう一つは、編集部の高校生たちの成長だ。「あすびと福島」が目指す「復興を担う人材育成の場」である。この二つの目的に向かって、「こうふく通信」編集部が正式にスタートしたのは、2015年1月のことだった。

 創刊へ走り始めた編集部は5人だった。編集長は「言いだしっぺ」である菅野さんが務めた。創刊号で取り上げるのは郡山市の鈴木清美さんのジャンボなめこに対する想い。鈴木さんを特集した情報誌と通常の2倍もあるなめこをセットにして読者に送ることにした。年4回の発行を継続するため、購読料は1回2500円をいただくことも決めた。

 今、振り返れば、笑い話のようなエピソードが残る。「普段読むような雑誌作りをする」と決めたが、誰も「普段読む雑誌」などない。今時の高校生は雑誌は読まずに、情報はネットで集めているのだった。鈴木さんのところに取材に行くと、話の面白さのあまりメモを取るのを忘れていた……。そんな試行錯誤を繰り返しながら、高校生たちは原稿を仕上げていった。

 「こうふく通信」の事務局長として高校生編集部を支える「あすびと福島」の椎根里奈さん(38)の要求は厳しかった。「『こうふく通信』の社会的な意義を継続していくためには、読み物として価値のあるものにしていくことが不可欠。農産物は生産者さんが自信を持って送り出す。情報誌の方も購読料に相応しいものにしなくてはならない」。高校生が編集する情報誌にも代金に見合うレベルが必要なのだ。高校生が書く原稿は赤ペンで修正されたり、編集部員には書き直しが求められる。元原稿がほとんど姿をとどめていないこともあった。

写真3「こうふく通信」事務局長の椎根里奈さん.JPG(写真3)「こうふく通信」事務局長の椎根里奈さん


 七転び八起き、2015年4月末に創刊号(18㌻)が陽の目を見た。全国の読者200人にジャンボなめことともに届けた。菅野さんら編集部は達成感を味わうと同時に、自分たちの未熟さも思い知らされた。この「悔しさ」は前進するための力になった。「次号こそ」という意欲を生んだ。高校生たちは、こうして成長している。

 第2号以降で取り上げた生産者の想いがこもった食材は、きゅうり、ヤーコン、大豆、アスパラ、鯉、梨、シャモ、小女子(こうなご)、トマト、蕎麦。創刊から2年半、発行は第11号を数え、読者も700人を超えた。「こうふく通信」の高校生編集部員は、4つの高校にまたがり、5つの学年にわたっている。「こうふく通信」は、現場の取材に基づく生産者の想い、生産者の安全・安心への努力、食べてくれる人の健康を願う生産者の心遣いなどについて、高校生たちが積み上げてきた、まだ小さいながら想いがこもるストーリーになっている。

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(写真4)高校生が伝えるふくしま食べる通信(こうふく通信)

 
 その中で、高校生たち自身も確実に成長の度合いを増している。川俣町のシャモにかける斎藤正博さんの想いを取り上げた第8号。編集長の高野紗月さん[(18)当時、福島高校2年]が「どうしても取材したい」と事前の編集会議で自ら言い出した。取材交渉は事務局が行うのが通例だが、高野さんが直接、斎藤さんと交渉して取材を了解してもらった。高校生の熱意が実ったのだ。そして、高野さんの描いた斎藤さんの想いは、ほぼ原文のままだった。

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(写真5)取材の様子


 2015年4月に創刊した「こうふく通信」は、2018年2月には第12号を発行する。「こうふく通信」は、福島の風評被害払拭への貢献と編集部の高校生の成長という目的に向かって、どのように前進しているのだろうか。


 原子力の事故から7年が経過しようとする中、福島県産の農産物は検査が徹底され安全が確認されているが、福島産を敬遠する消費者の方もいる。風評被害の払拭に対して、「こうふく通信」は次のように考え努力を続けている。創刊にあたって、福島産を敬遠する方の考えを尊重することとしたのだ。その上で、福島県内でおいしい農産物を作っている生産者の想いと姿を伝えることによって、まず読者とその周りの方々に安心を共有してもらい、時間はかかっても風評被害をなくすことに貢献することを志している。


 「こうふく通信」は、各地で発行されている「食べる通信」の連盟組織である「日本食べる通信リーグ」に加盟している。熊本県の「水俣食べる通信」との交流も生まれた。かつて、水俣は公害で大変な苦労を余儀なくされた。水俣湾では1997年に安全宣言が出され漁業が再開したが、長く風評被害に苦しんだ。しかし、今、水俣は環境を大切にする地域として全国から尊敬されている。水俣の経験は、「こうふく通信」の役割と可能性を示している。

写真5.jpg(写真6)編集会議の様子

 
 高校生はどのように成長しているのだろうか。

 高校生編集部員の取材先は、広い福島県の各地に及ぶ。取材は、「福島にはこんな文化や歴史があったんだ」という発見の場でもあり、高校生たちにとって自分自身が生まれ育つ福島を深掘りする場でもある。高校生たちが福島県内の各地で真剣に生きる生産者の想いに深く向き合うことは、自分自身と福島とのあり方を内省する機会となる。

 2018年2月発行予定の第12号の編集長を務める渡辺瑠奈さん[(17)安積黎明高校2年]は、梨農家としての両親の想いが第4号で取り上げられた。取材を受ける両親の話を聞いて、「こんな想いで梨を栽培しているんだ」と感動した。農業のことには関心がなかった渡辺さんだが、母親の勧めもあって「こうふく通信」の編集部に加わった。「将来は航空会社のキャビンアテンダントになりたい」と思っていたが、今は「自分と相手が幸せになれる仕事をしたい。農業と食にかかわりたい」という。

写真6.JPG(写真7)渡辺さん親子


 「こうふく通信」のキーパーソン、菅野さんは、明治大学に進学して心理社会学科で学んでいる。時には、福島で後輩たちの活動を手伝うこともある。菅野さんは編集部時代を振り返り「後輩や周りの人に助けられた。人に恵まれた」という。菅野さんは「地方と農業は切り離せない。農業のあり方がその地域の存続可能性に影響する」と考えている。そして、菅野さんの想いと行動は、原発事故による避難指示が2017年3月に解除されたばかりの浪江町の復興と農業に強く向かっている。浪江町の住民と一緒に「花」で新しい価値を創っていこうとしているのだ。菅野さんはこうして成長を続け、後輩たちはそんな菅野さんに憧れて前進する。「あすびと福島」が人材育成の仕組みとして目指す「憧れの連鎖」が始まっているのだ。将来の編集部は、その学生たちが社会人となって自ら経営する発展形も期待される。

 福島の風評被害の払拭にも、福島の復興を担う若い人材の育成にも、長い時間がかかる。そのための有効な仕組みとして「こうふく通信」を継続することが必要である。「志はソーシャル、仕組みはビジネス」これは「あすびと福島」が大切にするモットーだ。どんなに社会的な意義があっても、経済的な持続性がないと結局は役に立たない。各号の購読料は2500円であり、700名の読者の購読のおかげで、高校生編集部の取材経費、情報誌の印刷代、食材の購入費、読者への送料などの直接経費をまかなえるまでになった。事務局長の椎根さんと読者サービスを担当する丸山さんの間接経費は「あすびと福島」が負担しているが、これは編集部高校生の成長のための必要経費であり、全体として「志はソーシャル、仕組みはビジネス」が成立している。

写真7.jpg(写真8)個人読者との交流や企業での読者募集は高校生たちがさらに成長する場でもある。

 
 「こうふく通信」は、多くの個人読者に支えられているとともに、CSRとして企業が支援していることも特徴だ。「こうふく通信」の母体である「あすびと福島」は多数の企業の社員研修を企画・運営しているが、凸版印刷、東芝、三菱商事、NEC、ジョンソン&ジョンソンなどの企業では各社の社員有志の前で編集部員が「こうふく通信」の購読を訴え、読者の広がりに繋がっている。また、地元福島の東邦銀行は、お客さまに読んでいただくため主だった支店に「こうふく通信」を置き、食材は社員食堂で利用している。

 「こうふく通信」を取り巻く関係者は、労働組合にも広がろうとしている。「あすびと福島」での研修が縁となって、三菱電機労働組合が全国の35拠点で購読を検討しているのだ。

 福島の高校生たちが福島の生産者の想いを伝える「こうふく通信」は、福島に向き合う新たなコミュニティを創ろうとしている。

写真8.jpg(写真9)生産者と読者と編集部員の交流