第5弾 住民一人ひとりを見つめて。地域包括的な精神科医療の仕組みづくり

震災と東京電力福島第一原発事故の後、福島県沿岸部の相双地域で精神科医療の提供を目的に結成されたNPO法人相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会(福島県相馬市)。福島県立医科大学心のケアチームのメンタルヘルス支援活動を継続させるかたちで発足し、現在は相馬市を中心に相双地域広域で訪問看護などアウトリーチ型(※)の支援や心のケア活動などに取り組んでいる。

(※)支援を必要としている人のもとに、看護師などの専門スタッフが訪問すること

病院が相次いで閉鎖。相双地区の精神科医療はあのとき…

震災と原発事故から7年半が過ぎ、かつて避難指示が発令された福島県沿岸部の地域の中には、避難指示が解除され、徐々に住民の帰還が進んでいる場所もある。だが、仮に故郷に戻れても生活再建への道のりは多難だ。マスメディアでは「買い物に不便だ」といった住民の声から生活インフラの不足を指摘する報道は目立つが、見逃してはならないのが住民のメンタルケアだろう。


故郷の変わり果てた景色や、家族と離れ離れに過ごす生活、先の見通せない将来への不安。そうした様々な環境変化の中で、持病を悪化させたり、不眠に陥ったりと精神的にストレスを抱えている住民は少なくない。震災・原発事故後の厳しい精神科の医療提供体制の下で、そうした光の当たりづらいメンタルケアについて、住民を支えようと、日々奮闘している人たちがいる。福島県沿岸部の相双地域で、精神科医療の提供を目的に結成されたNPO法人相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会(以下、「つくる会」)だ。


原発事故後、東京電力福島第一原発から半径30㎞圏内では精神科の病床のある5つの病院が一旦閉鎖され、約800人にも上る入院患者は30㎞圏外へ移送された。その後、同地区で精神科の診療を行っていた3つの診療所(クリニック)も一時閉鎖し、相双地区の精神科医療は深刻な打撃を受けた。


改修中に被災した小高赤坂病院。相双地区の精神科医療体制は大打撃を受けた。

改修中に被災した小高赤坂病院。相双地区の精神科医療体制は大打撃を受けた。

2011年3月29日、この状況を危ぶんだ福島県立医科大学の丹羽真一さん(同大神経精神医学講座教授、当時)、大川貴子さん(同大看護学部准教授)らを中心とする有志が、福島県立医科大学心のケアチームを立ち上げた。チームは相馬総合病院(相馬市)に「臨時精神科外来」を設置し、精神科医療体制が危機的状況に陥った相双地区で、住民のメンタルケアを開始した。


この活動を引き継いだのが、「つくる会」だ。丹羽さんや大川さんらは継続的な支援が必要と考え、2011年11月にNPO法人化。翌2012年1月には福島県精神保健福祉協会からの委託で「相馬広域こころのケアセンターなごみ」(以下、「こころのケアセンター」)を開所した。「こころと体のケア」をテーマに、様々な悩みやストレスを抱える住民が少しでも元気を取り戻せるよう、住民を戸別訪問して相談業務などを行うためだ。相双地区から精神科医療の仕組みをつくろうという思いに、看護師や精神保健福祉士など専門的な知識・技能をもつ有志が集まった。


また、福島県障がい福祉課からの委託で、震災対応型のアウトリーチ推進事業を展開。同じく多職種のチームで、精神科医療が必要な被災者に、積極的に介入し適切なサービスを提供している。


こうして「つくる会」は、被災した地域住民の心の健康問題に取り組みながら、地域包括型の精神科医療のネットワークづくりに奔走してきた。関連して、その後診療を再開したり、新たに開設された精神科病院などの地域の医療機関や、行政などの関係機関とも連携し、生活支援が必要な住民の訪問看護などアウトリーチ型の支援を行っている。


「自分も故郷の復興に役立つことができないか」。そんな思いで、2016年に「つくる会」のメンバーに加わったのが、事務長の唯野雄大さんだ。唯野さんは、地元の相馬市に生まれ育った。当時働いていた市内の工場は震災と原発事故の影響で閉鎖。次の職を探す中で、「つくる会」の存在を知ったという。「つくる会」の活動によって、心が疲れ果ててしまった地域住民が明るい表情を取り戻し、本人だけでなく周りの家族も生き生きと過ごすようになる姿を見て、「自分のことのように嬉しい気持ちになる」とやりがいを実感している。


「つくる会」の事務長を務める唯野さん。地元・相馬市出身。

「つくる会」の事務長を務める唯野さん。地元・相馬市出身。

24時間体制の訪問看護、地域活動支援に乗り出す

「こころのケアセンター」は、仮設住宅や借り上げ住宅で生活する住民を戸別訪問しているほか、近所付き合いなどが途絶え孤立しがちな住民同士が、レクリエーションなどを通じて交流するサロン活動も行うなど、住民が孤立しないように気を配っている。


活動地域は相馬市のほか、南相馬市、新地町と広域に及ぶ。訪問件数は「こころのケアセンター」を開いた初年度の2012年春から2013年春までに、1,056件を数えた(相馬市:854件、南相馬市:126件、新地町:76件)。現在も、保健師や看護師のほか、作業療法士や臨床心理士、精神保健福祉士などの専門的な知識・技能を持つスタッフが自主的に参加し、総出でケアに従事している。


加えて、「つくる会」は福島県の震災対応型アウトリーチ事業の委託を受けて、相双地域のこころに障害をもっている人たちの地域生活サポート事業を行っており、約40名の人を対象としている(2013年春時点)。


CWAJ(College Woman’s Association of Japan)寄贈のワゴン。サロン活動に参加する人の送迎などに活躍する。

CWAJ(College Woman’s Association of Japan)寄贈のワゴン。サロン活動に参加する人の送迎などに活躍する。


活動開始から2〜3年が経過する中、この頃から地域住民の支援ニーズが徐々に変化してきた。唯野さんによると、より専門的で、かつ自立支援を見据えたような精神科医療を提供する必要性が高まってきたというのだ。崩壊寸前だった精神科医療をなんとか維持するフェーズから、将来の生活に希望がもてるようにするための自立支援へ。ニーズの変化に合わせ、その後「つくる会」は活動の幅を広げていく。


2014年4月、「つくる会」は新たに「訪問看護ステーションなごみ」を設立した。精神科の医師の訪問指示書をもとに、服薬指導や病院受診指導などを行う24時間体制の訪問看護事業所だ。また、2015年7月には「地域活動支援センターなごみCLUB」も開所。主に精神疾患や精神障害などを抱える住民を対象にした自立支援施設として、地域の精神科の診療を行う病院や診療所(クリニック)、行政や相双地域の社会福祉協議会などと連携し、一緒に料理やスポーツ活動をするなど住民を孤立させないための”居場所づくり”にも取り組むようになったのだ。


「つくる会」の事務所。ここが地域の精神科医療を支える拠点だ。

「つくる会」の事務所。ここが地域の精神科医療を支える拠点だ。


被災した地域住民の心のケア、精神科医療に特化した訪問看護、そして地域における障害者の居場所づくり。「つくる会」は、震災と原発事故によって大きな打撃を受けた相双地域で、地域のニーズに対応しながら”新しい精神科医療保健福祉システム”をつくろうと挑戦を続けている。


しかし、原発事故の影響がまだ色濃く残る相双地域で、精神科医療に取り組むことは決して容易なことではないはずだ。被災直後こそ委託費以外にも周囲から手厚い経済的支援があったが、いつまでも支援だけに頼ってはいられない。資金も人手も決して十分とはいえない中で、「つくる会」はそういった課題をどう克服し、活動を継続しているのだろうか。

ケアの”質”には妥協しない。7年半で築いた地域の信頼

2014年4月に立ち上げた「訪問看護ステーションなごみ」。「つくる会」の主な収益を担っているのが、この訪問看護事業だ。訪問看護に携わる看護師や作業療法士など専門知識・技能を持つスタッフは、「深刻な精神科医療の問題を抱えた地元の住民の役に立ちたい」という志をもって活動に従事している。メンタルクリニックなごみ(相馬市)や雲雀ヶ丘病院(南相馬市)などの精神科の病院や診療所、また内科などの診療所から指示書を受け、訪問型の精神科医療ケアを行う流れだ。


「お薬は飲めていますか」「病院に行ってみませんか」。利用者との信頼関係がなければ、命を守るために必要な服薬や通院を促す言葉はなかなか届かないはずだ。「つくる会」では、丁寧に一人ひとりの利用者の声を聞き、個々の状態に合わせたケアを徹底している。決して最初から指示を聞き入れてくれる住民ばかりではない。それでも、スタッフは何度も訪問しながら少しずつ信頼関係を構築しているという。


「効率や実利を重視しようと思えば、もっと利益は見込めると思う。でも、『なごみ』の現場スタッフは、一人ひとりの訪問ケアに決して手を抜かない」と、事務長の唯野さんは話す。「現場のスタッフのケアの様子を見ていると、『そこまでするのか』と驚くことさえある」(唯野さん)という。こうした徹底して耳を傾ける姿勢から、サービスを利用する住民や、連携する医療機関のスタッフなどからは「なごみさんのケアは本当に丁寧だね」と声をかけられることも少なくないという。


スタッフらは各地を駆け回り、丁寧な訪問看護を行っている。

スタッフらは各地を駆け回り、丁寧な訪問看護を行っている。

訪問看護は、相馬市や南相馬市、新地町に加え、2017年春に避難指示が解除された浪江町と飯舘村でも行うようになった。浪江町と飯舘村はなかなか住民帰還が進んでいないうえ、訪問エリアが広がったため、移動だけでも30km以上の距離がある。人手も決して十分ではないが、それでも「丁寧さ」に妥協はしない。


どんなときでも丁寧なケアをーー。これは、創設時の理事長である丹羽真一さんが強調していた「つくる会」の大事な指針でもある。まだ決して、自立的な運営を行ううえで盤石な体制を整備できるまでに至っているわけではない。遠回りに見えるかもしれないが、「確実に地域の信頼を深めてきている実感がある」と唯野さんは手応えを口にする。


精神科医療においては「医療的な介入が必要」と判断されても、通院や服薬に抵抗感を持つ人が少なくないといわれる。そうした意味でも、様々なアウトリーチ型の心のケアを継続してきた「つくる会」の活動は、同じような状況に頭を悩ます全国の地域から見ても、注目されるようなモデルケースとなり得るはずだ。


「つくる会」の活動は多岐にわたる。アルコール関連問題予防啓発キャンペーンもその1つだ。

「つくる会」の活動は多岐にわたる。アルコール関連問題予防啓発キャンペーンもその1つだ。

精神障害者が住みやすい地域コミュニティへ

このように、住民一人ひとりと地道に信頼関係を築いてきた「つくる会」は今、地域医療に関わる様々な団体との協力体制をさらに強化しようとしている。これまでも相双地域の病院・診療所との連携を密にするために事例検討会を定期的に開いてきた。さらに、医療機関のほかにも、行政や社会福祉協議会とも連携を強めている。それでも、「つくる会」の支援によって精神面での回復を遂げた住民が、社会復帰を果たすための仕組みづくりはまだ道半ばだ。


地元関係機関との事例検討会。定期的に開催し、意見交換している。

地元関係機関との事例検討会。定期的に開催し、意見交換している。

今後は、地域の医療機関や行政、社会福祉協議会、他のNPOなどとの意見交換を一段と活発に行い、また地域コミュニティの中で「つくる会」やその利用者が自然に溶け込めるようなイベントも開催していきたいとしている。


さらに、浪江町や飯舘村といった避難指示解除エリアの拡大に伴い、より広域をカバーするために南相馬市に訪問看護のサテライトオフィスを設置する構想もあるという。


「この7年半で手にしたものは、現場スタッフの丁寧なケアの継続によって築いてきた地域からの信頼だ」。唯野さんはそう力を込める。長く地道な活動で培ったその信頼を武器に、今後も住民のメンタルケアと、さらにその先の社会復帰への一歩を後押ししていく覚悟だ。


震災と原発事故、そして急激な生活環境の変化による心のダメージは大きく、誰もが簡単に克服できるものではないだろう。深刻な精神状態に陥る前に、「誰も孤立させない」というメッセージを発し、働きかけを行うことが重要なのは言うまでもない。地に足を付けて、じっくりと長く地域や住民に寄り添い続けてきた「つくる会」だからこそ、できることがある。アウトリーチ型の精神科医療に、地域の様々な団体と協力して取り組むーー。そのモデルとなるような仕組みを構築するためにも、「つくる会」はこれからも歩みをやめない。


<成果を出すためのポイント>

  • ・精神科医療の提供体制の確保が困難になった地域で、新たにアウトリーチ型のケアを行う
  • ・社会復帰を促すために、地域の”居場所”をつくる
  • ・「丁寧に利用者の声を聞くこと」に妥協せず、地域からの信頼構築へつなげるとともに、地域の様々な団体との協働体制を構築する