第3弾 オーガニックコットンでコミュニティ再生を。いわき市で芽生えた住民主体のまちづくり

NPO法人ザ・ピープル(福島県いわき市)は、「住民主体のまちづくり」を目的に1990年に結成され、古着のリサイクル業に携わってきた。東日本大震災の発生直後から災害支援活動を開始し、2011年夏からはいわき市に住む被災者、東京電力福島第一原発事故による避難者の支援に着手。「人と社会とのつながりを取り戻す」ことをテーマに、その後はオーガニックコットン(綿)の栽培やそれを用いた商品開発などに取り組んでいる。

住民、津波被災者、原発避難者が暮らす地域

太陽の光が差すコットン農園に、言葉を交わしながら農作業する人たちの笑い声があふれる。優しい茶色を帯びたコットンは、「備中茶綿」という珍しい日本在来種だ。


NPO法人ザ・ピープル(いわき市)は、いわき市内の農家や有志に呼びかけ、2012年4月から有機農法でのコットン栽培を始めた。環境に配慮した方法でのコットンの栽培を通して、人々の交流の場をつくることを目的にした取り組みだ。これまでに、市内外から延べ2万3000人が栽培作業に参加した。この活動で有機栽培の魅力を知り、自らコットン栽培に取り組むようになった農家もいる。


いわき市内の一角に広がるオーガニックコットン農園。

いわき市内の一角に広がるオーガニックコットン農園。


「地域の課題を1つでも解決するための一歩を」。1990年のザ・ピープル設立当初からのメンバーでもある吉田恵美子・理事長は、コットン栽培を始めた経緯をそう話す。


震災と福島第一原発事故後、吉田さんが住むいわき市は様々な問題を抱えることになる。放射線への不安、放射能汚染による農産物に対する風評。風評への懸念から農業をあきらめざるを得ない農家が増加し、それが農業従事者の高齢化や後継者不足に拍車をかけた。同時に、コミュニティの衰退という課題にも直面することになる。


いわき市では、津波被害を受けるなどした住民に加え、福島第一原発事故の影響で原発周辺地域から避難してきた人たちが急増した。避難者の数は、2011年夏に約4万人に上ったとされる。吉田さんは、地域住民と津波被災者、そして原発避難者の住宅が隣接する地域で活動する中で、それぞれの思いがすれ違う場面を目の当たりにしたという。地域住民や被災者の中に、原発避難者には東京電力から多額の賠償金が支払われているという思い込みと、負い目を感じた原発避難者との間で互いの疑心暗鬼が生じているケースがあったからだ。


NPO法人ザ・ピープルの吉田理事長。

NPO法人ザ・ピープルの吉田理事長。


そうした中、吉田さんは水俣病の被害に遭った水俣市(熊本県)でコミュニティづくりを続ける人と出会った。そのとき、吉田さんはこう感じたという。「(原発事故の影響を受ける)いわき市でこれから必要なのは、人々のコミュニティを結び直すことだ」


コミュニティを結び直すーー。その課題解決のきっかけを探していた吉田さんは、同じ津波被災地である宮城県亘理町で開催された、被災地の女性と東京の女性事業家などとの交流会に参加し、国産オーガニックコットン栽培の先駆けとして活躍する女性起業家と出会う。


コットンは、いわき市にも深刻な獣害をもたらしているイノシシが嫌う性質を持つうえ、放射性物質の移行が比較的少ないと言われている。温暖な気候を好むため国内では主に関西以西で栽培されているが、かつてはいわき市でもコットン栽培が行われていたという。


吉田さんは、そこに目をつけた。「食べ物ではなく衣類に使うコットンならば、放射線に不安を感じる人でも、安心して気軽に参加することができるかもしれない。コットンの栽培を通して、人々をつなぐ交流の場をつくれるのではないか」。さらに、「放射線への不安」という負のイメージを持たれてしまった福島だからこそ、環境に配慮した有機農法で栽培するーー。そうして、「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」は動き出した。

コットン農園は“交流”の場。汗を流し、打ち解け合う

2012年4月。「オーガニックコットンの栽培をしたい」。そう吉田さんが周囲に呼びかけたところ、いわき市内の農家を含む30人ほどの住民が賛同し集まった。


コットンの品種は、日本の在来種を選んだ。外来種ほどの収穫量は見込めないものの、日本在来種の原綿は1kgあたりの卸値が高くなるからだ。初年度の収穫量は105kg(種付きの状態)だったものの、翌年には890kgへと急増。栽培エリアも、いわき市内の小中学校・高校の計11校を含む26カ所に広がった。


また、いわき市内に避難していた参加者が、それぞれの故郷でもコットン栽培を始める動きが生まれた。広野町、楢葉町、富岡町、葛尾村、南相馬市に加え、今も避難指示が続く大熊町でも2018年から試験栽培が始まっている。


農園で育てたオーガニックコットンを収穫する人たち。笑顔が広がる。

農園で育てたオーガニックコットンを収穫する人たち。笑顔が広がる。


さらに、栽培したコットンを使った商品開発にも乗り出した。輸入オーガニックコットンも使いながら、Tシャツやタオル、手ぬぐいなどを製品化して販売。紡績や製造は、富山県や「今治タオル」で有名な愛媛県今治市など、全国でも高い技術力を誇る地域に依頼する一方、例えば手ぬぐいでは、福島県須賀川市にある染色技術の優れた工場に製造を委託しているほか、刺繍はいわき市の女性たちが行っている。


ザ・ピープルはこのほかにも、町中にサロンを開き、地域住民たちが語り合える場づくりに取り組んできた。サロンではどこかぎこちなかった人たちが、コットン農園での作業を通して打ち解け合うケースは少なくないという。「畑で一緒に泥だらけになって汗を流し、お腹がすいたらみんなでごはんを食べる。そういう場だからこそ、話せることはあると思う」(吉田さん)。互いの立場を越えて、コミュニティを結び直すーー。そうビジョンを掲げた吉田さんは、このプロジェクトの意義と効果に自信を得たと話す。


ただ、ここまでたどり着くのに、いくつもの困難があったという。吉田さんたちは、その壁をどのようにして乗り越えてきたのだろうか。

栽培=NPO、商品販売=企業組合。噛み合う2つの輪

コミュニティの再構築などを目的に始めた、オーガニックコットンの栽培と収穫。通称、「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」。吉田さん率いるザ・ピープルが直面した課題の1つは、国内での原綿の卸価格が想定外に低いことだった。


作業を手伝ってくれる農家の人は自分の畑もあるため、フルタイムでサポートしてもらうのは難しく、人手不足を補うためのスタッフの採用と人件費を捻出する必要があった。事業を継続させるために、必要なことーー。その一手として、吉田さんたちはオーガニックコットンを使って、自ら製品に仕上げて販売することを思いついた。とはいっても、商品企画や販路確保など、ノウハウを持たないザ・ピープルだけで実現させるのが難しいことは明らかだった。


自ら手がけたタオルと手ぬぐい。味わいのある質感やデザインが目を引く。

自ら手がけたタオルと手ぬぐい。味わいのある質感やデザインが目を引く。

そのため、いわき市内の複数のNPO法人などと協働し、「いわきおてんとSUNプロジェクト」を新たに立ち上げ、半年後の2013年2月にはプロジェクトメンバーと有志ら6人で「いわきおてんとSUN企業組合」を設立した。吉田さんは、代表理事を務めている。


その狙いについて、吉田さんはこう話す。「ザ・ピープルでは、オーガニックコットンの栽培を通して人々の交流の場をつくる。企業組合では、商品販売を通してその収益基盤をつくる。その両輪で、事業を進めていけたら」


非営利組織であるザ・ピープルのメンバーの中には、「商品販売の収益を企業組合に持っていかれてしまうのではないか」といった懸念を口にする人もいた。それでも、吉田さんは毎月のミーティングで狙いや思いをメンバーに伝え続けたという。すると、吉田さんの思いは少しずつ仲間たちにも浸透していった。


企業組合を立ち上げたものの、決してトントン拍子で商品の売り上げが伸びたわけではない。立ち上げ当初は、助成金や寄付金など外部支援に頼る部分が大きかった。それでも、ザ・ピープルと企業組合の両者で議論を重ね、商品開発のノウハウも少しずつ蓄積。特に2016年以降は、商品販売による事業収入が軌道に乗り始めたという。


地域住民をはじめとする作り手にも、栽培したコットンが自分たちの手によって商品化されることで、新たな手応えとやりがいが生まれている。農業をはじめとする地域産業が風評被害などに苦しめられている中、このオーガニックコットンのプロジェクトは新たな産業創出の可能性を秘めているといえそうだ。


地域住民やコミュニティをつなぐコットンの栽培と、それを持続的に回していくための商品販売。この両輪はがっちりとかみ合い、今力強く歩みを進めている。


農園では、夏に可憐なコットンの花が咲く。

農園では、夏に可憐なコットンの花が咲く。

“誰も置き去りにしない”地域へ。新たな取り組みも

誰も置き去りにしないーー。国連が2015年に定めた「持続可能な開発目標」(SDGs)で掲げた普遍的な目標を表す言葉だが、これは震災後に地域コミュニティの復興を目指すザ・ピープルの目標とも重なる。


ザ・ピープルは2016年度、5年間に及ぶ活動を検証するために報告書を作成した。活動によって「置き去りにされている被災者・避難者はいないだろうか」との思いで、住民や避難者などへのヒアリングを重ねたという。その結果、「ここで新たな思いで出発しようと思った」などと前向きな回答が数多く寄せられた。一方で、活動を支援する人たちや運営スタッフからは、まだ接点を持てていない住民たちや、地元の関係機関ともっと連携を深めるべきなどとする意見もあったという。


そのうえで、ザ・ピープルのメンバーたちは「私たちだからこそできることは何だろうか」と改めて初心に帰った。吉田さんは、「私たちは『こういうことができたら楽しいね』と旗を振ることができる」と力を込める。


秋、オーガニックコットンの収穫祭に集う地域の人たち。

秋、オーガニックコットンの収穫祭に集う地域の人たち。

そうした中、いわき市内の公営住宅に住む避難者の男性が中心となり、「みんなの畑菜園」の運営に乗り出した。参加者が希望する野菜を栽培し、収穫物を交流イベントなどで振る舞う料理の食材などとして活用する試みだ。トウモロコシやカボチャ、スイカ、枝豆などの農作物をつくり始めている。これにより、地域の交流の輪をさらに広げたい考えだ。


また、東北6県で連携し、生活困窮者に食料を提供するフードバンク事業にも着手した。ザ・ピープルは、米や乾麺、缶詰などの食料を集めるとともに、その食料があることで、相談窓口に困窮者が足を運びやすくなるような仕組みをつくり上げようとしている。
「住民主体のまちづくりをしたい。その思いがあるからこれまで走って来られたし、これからもずっと走っていけると信じている」(吉田さん)


どんな地域にも、様々な事情を抱えた人たちがいる。ときに利害がぶつかり合うようなこともあるだろう。だからこそ、ザ・ピープルはその一人ひとりと向き合い、寄り添う。そうやってこれからも、地域の人たちとともに歩み続ける。


<成果を出すためのポイント>

  • ・地域間交流を促すために、オーガニックコットン農園を開く
  • ・原料栽培だけでなく商品開発・販売にも乗り出し収益基盤をつくり、産業創出に挑む
  • ・地域や関係者の声に耳を傾け、今後の新たな取り組みに活かす