第10弾 若者のチカラをつないで岩手を盛り上げる

 岩手県で若者が主体的に活動するためのネット―ワークづくりをサポートする「NPO法人wiz(ウィズ)」(以下、wiz)。就業体験プログラム「IWATE実践型インターンシップ」やクラウドファウンディング「いしわり」のほか、U・Iターン者の支援などの活動でアクションすることを岩手のスタンダードに。

 岩手県では、高校や大学卒業後に進学・就職のために県外へ転出する者が多い一方で、東日本大震災後は、故郷の復興支援のために地元に戻りたいと考える若者も増えている。

 しかし、U・Iターンを考えている者が復興のために行動を起こすとき、「方法が分からない」「誰に頼ればよいのか分からない」という気持ちは、せっかくの活動意欲の妨げになる。この不安を解決するには、誰がどのようなアイデアをもって、どのようなアプローチをしようとしているのか、地域の実情を知り、ネットワークを構築できる確かな”つなぎ役”が欠かせない存在となる。

 wizで代表理事/CEOを務める大船渡市三陸町越喜来(おきらい)出身の中野圭さん(31)は、早稲田大学を卒業後、会社員を経て森林保全を目的とした会社を起業後に東京で震災に遭った。しばらくは東京と大船渡を行き来する生活を続けていたが「地元に戻ってできることの方が多い」と、2011年9月にUターン。現場でのボランティアやNPO業界との関わりの中で、若手のネットワークづくりの大切さを痛感した。

 理事/COOを務める奥州市出身の黒沢惟人さん(31)は、岩手県の大学を卒業後に上京した。大学卒業後、東京の大手IT企業でシステムエンジニアとして活躍していた時に震災が起こり、被災地でボランティア活動をする中で「復興には長期的な仕組みづくりと運営が重要だ」と感じ、NPO法人ETIC.の右腕プログラムを通じてUターンした。黒沢さんは、岩手県沿岸部の復興事業の立ち上げ・運営などを進めながら、同世代のUターン者などとの交流を深めていく。

 2014年4月、中野さんと黒沢さんは震災後に県外からUターンした3人の仲間とともに「若者にとって岩手を将来の選択肢にする仕組み」を作るためwizを立ち上げた。自分たちは「都会にあこがれ、『岩手はつまらない』という思い込みを持つ若者だった」と中野さんは振り返る。

 しかし震災は、人生と価値観を変えるのに十分な出来事だった。「変えた」のではなく、自分でも気づかなかった故郷への想いが「呼び覚まされた」というべきだ。
 
 復興という答えのない問いに挑む同志が、岩手で出会ったのは運命のように思えた。多くの若者がつながりを持ち、ともに行動を起こすことで岩手を盛り上げたい。その方法を示し、きっかけを提供する仕組みをつくるために活動を始めた。
 
 中野さんは現在、wizの代表理事を務めながら家業の漁師を継ぎ、NPO法人いわて連携復興センターの理事としても活動中だ。

 黒沢さんはwizの専任理事となり、多岐に渡る活動を牽引している。

 wizのおもな活動は3つ、実践型「インターンシップのコーディネート」と、岩手に特化した「クラウドファンディングの運営」、地域おこし協力隊となる「U・Iターン者の支援」だ。

 この3つの活動のうち、「IWATE 実践型インターンシップ」は、学生には岩手をフィールドに成長する機会を、企業には事業推進や課題解決の機会を提供することが目的だ。

 多くの学生は、岩手の企業をよく知らないまま「やりたいことができない」と、岩手を離れてしまう。地域が抱える社会課題を解決したいという想いを持ち、奮起し続ける企業は岩手に数多く存在する。そういう企業・経営者と、学生をコーディネートして、「岩手ではできない」を「岩手ならできる」へ、若者の意識を変えていくことが狙いだ。
 
 インターンシップといえば、数日間の職場体験や採用活動の一環として行われるイメージが強いが、wizがコーディネートするインターンシップは違う。若者(特に大学生)が企業経営者のパートナーとして、企業の新規事業や課題解決方法をともに考え行動し、成果を出すためのプロジェクトだ。

 「企業のなかで学生が、経営者の思いを汲みながら、意思決定も含めてがむしゃらに取り組むことが重要」と、黒沢さん。期間は4~8 週間、成果が求められる現場にうまくマッチングさせるため、事前に面談を経て配属先が決定する。
 
 2017 年夏には、26 名の大学生と、県内の7 市町(紫波町、花巻市、矢巾町、釜石市、陸前高田市、大船渡市、住田町)の民間企業など14 社との間で、インターンシップをコーディネートした。

インターンシップの様子.JPG

インターンシップ参加者の様子.jpg(写真1、2)実践型インターンシップ参加者の様子


 インターンシップの最後に開催される「成果報告会」では、学生達によって企業の課題解決にどこまで貢献できたのか、プロジェクトの成果や企業にもたらした効果、自身がどのように成長したかなどの発表が行われた。学生達の発表後には受け入れた企業側も、学生の変化やインターンシップを実施したことによる影響などについて発表する。

 学生の真剣な姿勢と、受け入れ企業の本気度が伝わる成果報告会の会場は熱気を帯びていた。

釜石市内での実践型インターンシップ報告会.JPG(写真3)釜石市内での実践型インターンシップ報告会


 岩手県で若者が主体的に活動するためのネットワークづくりをサポートするwiz。中核事業の一つである就業体験プログラム「実践型インターンシップ」は、地域が抱える社会課題を解決しようという想いを持ち奮闘している企業や団体と学生との間のコーディネートを行っている。

 wizは2017年夏に、26 名の大学生と、県内の7 市町(紫波町、花巻市、矢巾町、釜石市、陸前高田市、大船渡市、住田町)の民間企業など14 社との間で、インターンシップを行った。

 インターンシップの最後に開催された「成果報告会」。

 学生たちが企業の課題解決にどこまで貢献できたのか、プロジェクトの成果や企業にもたらした効果、学生自身がどのように成長したかなどの発表が行われた。学生の発表後には、受け入れ企業側も、学生の変化やインターンシップを実施したことによる影響などについて発表した。

受け入れ起業担当者(右奥の男性)と話すインターンシップの女子学生2人(中央奥).JPG(写真4)受け入れ企業担当者(右奥の男性)と話すインターンシップの女子学生2人(中央奥)


 釜石市内で空き家のリノベーションを手がけるNPO団体のインターンシップに参加した2名の学生は、人口減少にともなう空き家が増える一方で、市外から訪れる人に対する宿泊場所が少ないという地域の問題を解決しようと、実際にリノベーションする家に住み込みながらさまざまな技術を学んだ。

 「田舎にある我が家」をコンセプトに、釜石市を訪れ滞在する人が容易に宿泊できるような場所をつくりだそうとする中で、日々の活動をSNSに投稿し空き家の現状や、リノベーションの事例などのPRも行った。

 2人は成果報告会で、「インターン終了後も作業を手伝ってくれる方々との関係を継続し、次にインターンシップにやってくる学生と地域の方々がつながるようサポートしていきたい」と語った。

 受け入れたNPO団体の担当者は、「(空き家の)再生モデルをつくるという非常に難しいチャレンジであったが、自分たちで課題を見つけ取り組んだことはすばらしかった。ただのDIY作業でなく、リノベーションする家をどのような人たちに利用してもらいたいか、ターゲットを明確に設定し、苦戦したり、工夫したりするなかで多くの地域の方が手伝いに来てくれた。一緒に作業する過程で地域とつながりを生み出すことができたのはよかった」と語る。

 釜石市内で味噌と醤油の醸造を行う老舗の会社でインターンシップをした学生もいる。

 地元住民から長く愛される味を守ってきた歴史のある企業で、味噌や醤油の消費・需要などについて調査し、マーケティングを行った。

 調査方法は、消費者からモニターを募ったり、市内の飲食店をくまなくまわってアンケートをとったり、市内の大型ショッピングセンターで対面販売を行うほか、一般の消費者を交えて行う意見交換会の開催も企画するなど、味噌や醤油のさらなる定着と商品の販売促進のために工夫が凝らされている。

 意見交換会の実施にあたっては、モニターを集めることに苦戦しながらも消費者と直接触れ合うことで味噌や醤油の需要縮小など、現状の課題を知ることもできた。  
 
 インターンシップの最後に2人は、「インタビューの聞き込みがあまかった。モニターの参加者層に一貫性がなかった。広報も足りなかった」と振り返る。

 醸造会社の担当者は「当社は長い歴史はあるが、インターンシップで学生を受け入れたのは初めてのこと。受け入れる側として若干の不安や戸惑いはあったが、(学生たちは)しっかりしていて素直で、企画立案から行動まで素晴らしい活動でした。飲食店や消費者から直接意見を聞くことができ、今後の商品開発の参考になるプロジェクトでした。もうインターンが終わるのがさみしいというのが正直な感想です」と感想を述べた。

  実践的なインターンシップを通じて、学生たちは自身の成長を実感し、経営者は新たな事業の手応えや可能性を見出している。
 

インターン_5.JPG(写真5)ショッピングセンターで対面販売を実施する学生

 
 インターンシップを体験した学生について黒沢さんは、「実際、学生の成長には驚かされます。インターンを通じて顔つき、話し方、すべてが変わっていく。表情から自信を得たのが分かる。何より学生たちが事業の芽、土台をつくりあげたことがうれしい。プロジェクト終了後も、継続的に岩手と関わってもらいたいです」と語った。

 wizはまた、2015年4月から岩手特化型のクラウドファンディング「いしわり」を運営している。

 盛岡市内にある国の天然記念物、石割桜(いしわりざくら)に由来した名前だ。 苦境を乗り越え、力強く生きる。それを喜んでくれる人の気持ちに、精一杯応える。そんな石割桜と人々のような関係を生みだすため、クラウドファンディング「いしわり」は始まった。

P12_いしわりトップ画.jpg(写真6)クラウドファンディングのサイト「いしわり」


 「いしわり」では、岩手をよりよくしたいと考える個人や法人などの「実行者」が、アイデアをプロジェクトとして発信し、それに共感する「協力者」から資金を募る。

 プロジェクトが目標金額に達して成立した場合、協力者はリターン(お返し)を受け取れる。2018 年1月まで30 件以上のプロジェクトをwebサイトで公開し、実行者の多くが目標金額を達成した。

 例えば、岩泉町の小本川(おもとがわ)漁業協同組合は、台風で壊滅的な被害を受けた岩泉の清流に「あゆの稚魚を放流したい」というプロジェクトを発信した。

 あゆの稚魚放流にかかる費用は600 万円を見込み、そのうち9割を400 人ほどの組合員が負担する。残りの1割60万円を「いしわり」で調達したい、というものだった。岩手出身でAKB48 のメンバーとして活躍する佐藤七海さんもこのプロジェクトの応援者となり、県内外69名の賛同者から80万5,000円を集めることができた。  

P12_いしわりプロジェクト.png(写真7)Webで公開されれている「いしわり」のプロジェクト


 千葉県出身で、縫製の盛んな岩手県久慈地域に移住した香取正博さんは「みんなでくじTを着よう!」というプロジェクトを発信。こちらは目標金額100 万円に対して、144 万7,000円が集まった。  

 黒沢さんは言う。「自分たちよりも若い世代に対して、指標のひとつとなるように、アクションを起こし続ける必要があります。続けていくことこそ、大事だと考えています」  

 設立から3年以上が経過し、インターンシップ事業の対象となるエリアの拡大も視野に入ってきた。当初は補助金により運営していたが、現在は自治体からの委託事業が主たる財源となっている。多角的に事業を行うことでひとつの案件への依存度を下げるなど、継続的に事業を行っていくための工夫を続けている。  

 若者がつながって、岩手を盛り上げる。そのためのあらゆる機会をこれからも、wizのメンバーはつくり続ける。

P10_wiz集合.jpg(写真8)wizのメンバーのみなさん