第6弾 全村避難からの再生を目指す川内村の魅力を、全国に発信する(後篇)

 東日本大震災の被災地では、大きく姿を変えたふるさとの復旧・復興に向かい、困難を克服したり、震災前からの課題を解決したりするさまざまな取り組みが続けられています。本連載では、昨年度「新しい東北」復興・創生顕彰を受賞された個人・団体の活動を紹介します。


 生まれ育った川内村には、住んでいる人々も気付いていない魅力がたくさんある。それを全国に発信していきたい。その思いが「川内の郷(さと)かえるマラソン」開催に結実し、地元特産品を紹介するネットサイトの立ち上げに繋がった。そして今一番力を入れているのが、村のお母さんたちの勉強会から始まった、ヨーロッパ野菜の栽培、直販である。

 3回目を迎え、リピーターも増えてきた「川内の郷(さと)かえるマラソン」。しかし渡辺さんが残念に思っているのは、せっかく遠方から川内村まで来てくれた人々が、マラソン大会が終わるとすぐに帰ってしまうことだった。できれば泊まりがけで来て、走ったあとも周囲の自然に触れたりして、しばらく村に滞在してほしい。しかし川内村には宿泊施設もなければ、観光客向けの飲食店も数軒しかない。そこで渡辺さんが考えているのが、「民泊」である。

 「農家に民泊して、地元の人と触れ合って欲しいですね。農家の人って、自分の作ったもので収益を上げるの大変じゃないですか。都会から来た人たちを泊めて、自分たちで作ったものを食べてもらう。そこで気に入ってもらったら、米とか野菜とか売ってもいい。そうしたら収益が上がる上に、その人の喜ぶ顔が見える。直接の反応をもらうことで、さらに作る意欲が湧いてくると思うんですよね。そういう仕組みを、作りたいなと思ってるんですけどね」。

 現状では川内村へのアクセスにしても、公共交通機関はバスだけ。それも1日3、4本ぐらいしかない=写真7=。民泊のためには自宅の改造もある程度必要だし、許可申請も簡単にはできない。解決しなければならない問題はたくさんある。一方で朝夕食込みで農家に泊まり、マラソン大会やハイキングをのんびり楽しむツアーの形を提案すれば、需要はありそうだ。

写真8復興支援バスの時刻表(川内村宮ノ下地区).JPG(写真7)復興支援バスの時刻表(川内村宮ノ下地区)

 
 少し話は戻るが、渡辺さんの普段の業務はショッピングセンターの管理責任者である。ここに入っているファミリーマートには、1日800人ぐらいのお客さんが来るという。人口約2000人村の店としては非常に高い集客率であり、売り上げ自体も全国平均より、2、30万円位多いとのことだ。

 「ATMでお金がおろせる、宅配便も受け取れる、最新の本が買える。そういうのって、今まで村人たちが味わったことのなかった便利さなんですよ。ちゃんとした買い物は週に1度町のスーパーに出て、まとめて買ってくればいいだけの話で」と、渡辺さんは説明する。

 しかしコンビニの他に入っている薬屋さんとクリーニング屋さんは、赤字経営だ。けれども必要性の高い業種なので、やめるわけにはいかない。そのためコンビニであげた収益をそちらに回す形にしているが、それでも全体的には赤字とのことだった。

 会社として収益を上げたいという思いから、渡辺さんは川内村のものを外で売れないか可能性を探っていくようになった。それが軌道に乗れば、村の人たちの生産意欲をいっそうかきたてることにもなる。

 手始めに売り出したのは、蕎麦麦酒(発泡酒)と高級魚いわなの寒風干しや燻製だった。「蕎麦ガルデン」は、蕎麦を原料にした発泡酒としては川内村が全国で初めて商品化したものだ=写真8=。もの珍しさだけでなく、濃厚な味わいにファンも多い。しかし渡辺さんは、「助成金のおかげもあり、作るところまではできるんですけど、そこから売るのが大変なんですよ」と、販路拡大に苦労しているという。

写真9地元でつくられた発泡酒「蕎麦畑」「蕎」を手にする渡辺さん.JPG(写真8)地元でつくられた発泡酒「蕎麦畑」「蕎」を手にする渡辺さん


 それでも全国各地から少しずつ引き合いが来るようになり、蕎麦屋さんで出す話も進んでいるとのことだ。「つい先日も三重県に勉強会に行ってきたんですけど、帰りに名古屋に寄って、うちの商品を出してもらっている「猪口猪口(ちょこちょこ)」という蕎麦居酒屋に顔を出してきました。今後はその方向性でいけるんじゃないかなと思ってます。全国のお蕎麦屋さんや居酒屋さんで、展開できないかなと」。

 さらに渡辺さんは今年10月には、楽天市場に「阿武隈高原『旬食』」=写真9=というショッピングサイトを出店した。川内村の特産品を全国に売り出そうという試みの一つだ。上述の蕎麦ビールやいわなの他に、特産米「里山のつぶ」、そして隣接する小野町の牛肉も入れたのは、川内村を含む阿武隈高原全体を巻き込んでの展開を睨んだ戦略だ。立ち上げたばかりということもあるが、コンテンツは充実しているとはいいがたい。検索サイトで「旬食」と入力しても、上位には出てこない。それでも渡辺さんは、悠然と構えている。

写真10楽天市場_阿部隈高原『旬食』.jpg(写真9)楽天市場 阿部隈高原『旬食』


 「オープンしてすぐは全然引き合いもなかったんですけど、焦ってもしょうがないかなと。今まであちこちで村のものを売ったりして、おいしいと言ってもらったものも少なくない。でもどこで買うか、わからないと言われた。ゆくゆくは、その受け皿になってくれればいい」。

 そんな渡辺さんの強力な助っ人になりそうなのが、「ヨーロッパ野菜」=写真10=である。
 とにかく作ってくれる人がいなければ始まらないと、渡辺さんは農業普及所の指導員が、3年ほど前に立ち上げた野菜勉強会に参加している。呼びかけに応じたのは、お母さんたちばかり。あくまで自分や家族が食べるための、新しい野菜を作ってみようというごく内輪の集まりに過ぎなかった。

写真11川内村でつくられる「ヨーロッパ野菜」.JPG(写真10)川内村でつくられる「ヨーロッパ野菜」


 すると女子会のような楽しい雰囲気で、笑顔で作業する中、メンバーも少しずつ増えていった=写真11=。そこで渡辺さんは次の段階として、勉強会で作ったものを売り出すことを考えた。ヨーロッパ野菜を選んだのは、高原に位置する川内村の気候にはそれが合っているという指導員の先生のアドバイスが一つ。そして日本では手に入りにくいヨーロッパ野菜なら、高い単価で売れるのではという渡辺さんの期待もあった。

写真12作業を行う川内村のお母さんたち.JPG(写真11)作業を行う川内村のお母さんたち


 しかしお母さん方は、商売としてはやりたくないと言う。たくさん作って余ったら人にあげればいいというスタンスだったのだ。

 「それでも去年、できた野菜を蕎麦祭りに出して100円位で売り出したんですよ。そしたらそこに㈱岩見というレストランやホテルに野菜を卸す会社の方がいらして、これを仕入れたいと言ってくれたんです。

 「普及所の先生が大喜びでそのニュースをお母さん方に伝えたら、それじゃあやらないと言いだしたそうです」と、渡辺さんは苦笑する。仕事として作ったら大変だし、楽しいからやってるだけだからと。

 「でも売るものがなければ、活動が広がらない。それで㈱岩見さんが主催される展示会に、かわうち屋で出してみたんですね。そこには、イタリアンやフレンチのプロのシェフが集まっていた。で、これ欲しいと言うことになった。それを改めてお母さん方に伝えたら、『じゃぁ、やってみっか』という話になった(笑)。それがついこないだの話ですね。それで、来年から取り組もうということになりました」。

 時間はかかったが少しずつ意識が変わり、自分たちの作り出すものの価値にお母さんたちは気付いて行った。行政や村外の人頼りでなく、自分たちが一歩踏み出さなければ、川内村の再生はありえない。そう訴え続けた渡辺さんの思いに、お母さんたちが応えたのだった。彼女たちのヨーロッパ野菜は寒暖の差の激しい高原で栽培されるため、野菜本来の味が濃厚に出ているという。県内の他地域にもヨーロッパ野菜に取り組む農家はいるそうだが、川内村産がはるかにいいという評価だ。米も同様である。

 「『里山のつぶ』という冷涼地向けに福島県が開発した品種があるんですが、これもやっぱりうちのが美味しい」。川内村に近い楢葉町には、かつてJヴィレッジというサッカー日本代表などが合宿していた総合トレーニングセンターがあった。原発事故によって施設そのものは今も閉鎖されたままだが、以前そこに勤め、その後日本代表のシェフとして50試合以上に帯同した西芳照さんからも、ヨーロッパ野菜は高い評価を得ている。

 サムライブルーのシェフを務める傍ら、福島県内で二つのレストランを経営する西さんからは、こんな野菜も作ったらいいと、いろいろなアドバイスをもらっているという。さらにある日、村の農家が余らせていた米を持っていったところ、これもすごく美味しいと言ってくれた。

 こうして少しずつ、川内村の「売り」は増えつつある。あとはそれを、いかに全国区に広めていくか。渡辺さんの日々の奮闘のほとんどはそこに関わるわけだが、壁にぶつかることばかりだという。上述したネット通販もまだ立ち上げたばかりだし、渡辺さん一人で全国各地に紹介に出かけていくことで少しずつ知名度を上げることが、現状では一番有効な方法だ。他にもいろんなアイデアが湧いてくるが、それを自分の裁量で進めることができない。

 「勤めているショッピングセンターは村の施設だし、間接的な出資も受けている。スピード感は違いますが、基本的には関係する方々と確認をしながら少しずつでも進めています」。

 村特産の米にしても、お歳暮用に何百件もの引き合いがあったそうなのだが、「何やってるの。人手もないのに」といわれたりする。「せめて従業員の人件費ぐらいは、賄いたい。でも仕事を取ってくると怒られる。決められたことをやってれば、給料をもらえるんだからという話で」。

 「『金もうけのことばかり考えて』と、しょっちゅう言われますよ」と、苦笑する渡辺さん。しかし全国を飛び回るその経費は、渡辺さんがすべて自腹を切っている。「やりたいことをやらせてもらってますし、充実感はありますから」

 「作ったものを持って行けば、売ってくれる。もっといいものを作ろう、そうやって生産力が上がっていくといいんですけどね。それで村が豊かになる。変われるんだって。何とかここまで来ることができたのは行政のサポートの面もあり、これからも行政と民間がしっかりとタッグをくんでいかなければならない。そう思ってやってます」。

 来年の今頃の「旬食」サイトには、色とりどりのヨーロッパ野菜を始め、多くのコンテンツが並んでいるはずである=写真12=。

写真13取材を受ける渡辺さん.JPG(写真12)取材を受ける渡辺さん

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