第9弾 新しい農業スタイルを若者に伝え就農人口の増加につなげる(株式会社 smile farm)

アンスリウム栽培をはじめ、新しいスタイルの農業に挑戦し続ける


 2017年に脱サラして妻の実家の家業を受け継ぐ形で就農。そこから川俣町と近畿大学で推進してきた復興プロジェクト「アンスリウム栽培」に着手する。農業未経験という立場ではあったが、周囲のサポートも得て、順調に出荷数を増やしていく。2021年に法人化し、現在では観光農園や体験農園などの設備も整えるなど、新しい農業スタイルの構築を続けている。


義父母の姿に触発され脱サラして就農を決意

 株式会社 smile farmがある福島県川俣町山木屋地区は、東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響で約6年間、避難区域に指定されていた場所。そのエリアで長年花卉(かき)栽培を行っていた農家の娘と結婚し、アンスリウム栽培を中心に新しい農業の形に挑戦しているのが、同社代表取締役の谷口豪樹氏だ。

 かつてゴルフ関連の会社に勤めていた谷口氏は、東日本大震災の2年後に転勤で福島市へ。そこで妻となる女性と知り合った。「妻との出会いもそうですが、生活する中で福島が本当に好きになった。会社員の時からどんなことでもいいから復興に携わりたいという思いを持っていたのも影響したかもしれません」と話す。

 会社から転勤の話を持ちかけられ、福島での生活を優先して退職。福島市内の印刷会社に勤めながら、避難先で花卉栽培をしていた義父母の手伝いをするようになると、農業の魅力に引かれていく。

 「作業をしている義父母の姿がかっこよくて、手伝いをしながら農家の大変さも知る中で、川俣町が町全体を挙げて取り組むポリエステル媒地を活用したアンスリウム栽培(土壌の代わりに、古着など衣服の切れ端から作る育苗用の培地を活用した栽培)の話が持ち上がりました。兼業でやろうという気持ちもあったのですが、片手間でできるものではない。農業未経験ではありましたが、新しい取り組みでもあったので本腰を入れてやってみようと思いました」と語る。

 2017年に会社を辞めて就農を決意。このタイミングで11の農家が集まる「川俣町ポリエステル媒地活用推進組合」の設立に参加し、アンスリウム栽培に着手する。


失敗の連続も周囲のアドバイスで軌道に乗る

 始まりは義父母への憧れだったが、農業に対して真摯(しんし)に向き合う姿勢を持ち続けたと谷口氏は振り返る。「アンスリウムのプロジェクトには税金が使われていますから、強い使命感がありました。途中で投げ出すなんてことはできない。だから、絶対に成功させなければと自分に言い聞かせながら取り組んでいきました」と語る。

 しかし、気持ちでカバーできないこともあるのが農業だ。ハウス内の室温管理や遮光率の調整など、自然相手の作業となるため、たくさんの失敗もしたという。

 「数々の失敗もしてきましたが、周りのサポートもあって続けてこられたと思います。組合の農家の皆さんはもちろんですが、アンスリウム栽培を指導してくださった田中尚道教授をはじめ、近畿大学からの助言は本当にありがたいものでした。もちろん今でも連携は続いており、新しい情報も頂いていますので、今後も役立てていきたいです」

 栽培開始から最初の出荷まで約2年は収益なし。その間、失敗があっても強い気持ちで挑み続け、徐々に生産量を上げ、2021年には他の農家と合わせた町の年間出荷数は30万本に。この数字は、この年の全国1位となった。この時、谷口氏は、改めてIoTの導入によって作業時間やコストを大幅に削減したスマート農業が今後の発展には欠かせないと実感した。

 「水やりに失敗して花を枯らしてしまったこともありました。その経験を経て、お金がかかっても設備投資を行い生産環境を整えました。金銭的に苦しい時期もありましたが、安定した生産・出荷ができるという実績を作れたのは本当に大きいです」と語る。


株式会社 smile farm 代表取締役の谷口豪樹さん


農業はもうかるというイメージを世の中に植え付けたい

 栽培したアンスリウムは株式会社大田花きが運営する市場に出荷し、そこから全国に販売されている。「アンスリウムをはじめ、栽培した植物の9割は市場へ出荷しています。経験も知識もある大田花きさんと連携できているのはとても助かっています」と谷口氏。町が復興の花と位置付けた「かわまたアンスリウム」は、全国でも上々の評価を得ているという。

 一つの事業を成功させた谷口氏だが、すでに次なる目標へ向かって歩みを進めている。smile farmでは、2023年2月から体験農園をスタート。町内外の人々に農業体験をしてもらうスペースを設けている。予約制でイチゴ狩りなどが楽しめる観光農園としてもアピールし、アンスリウム等の花を使ったワークショップなども開催している。このように事業を拡大する裏には、農業はもうかる仕事だというイメージを世間に植え付けたいとの思いがある。

 「農家の高齢化や担い手不足、耕作放棄地の増加をはじめ、日本の農業は多くの課題を抱えています。その解決を図るためには、稼げる職業という認識を持ってもらうことも大事ですので、新しい農業のスタイルを私自身が確立して、それをみんなに見てもらう。そして、実際に作業を体験してもらうことで、興味を持つ人も増えるはず。それで就農したい人がいれば、その人たちをサポートしていく。そういう流れができると農業に携わる人が増え、休耕地問題の解決などにもつながっていくと思います」と話す。

 20代、30代だけでなく、子どもたちに農業に興味を持ってもらうためのイベントも検討中だという谷口氏。新しい農業スタイルのけん引者として、今後どのような活動を展開するか注目していきたい。





株式会社 smile farm[福島県川俣町]
https://smile2525farm.com/