第8弾 IT普及も地域の人々とのつながりがあってこそ実現できる(一般社団法人 オムスビ)

アオスバシで地域の人と交流する森山貴士氏


 個人事業主としてIT人材の育成、Webサイトの制作、キッチンカー「Odaka Micro Stand Bar」の運営などを行っていた森山貴士氏が2017年に設立。2023年7月からはカフェ併設のパン屋とワークスペースを兼ね備えた「アオスバシ」をオープンさせ、さらなる人材交流とIT人材育成などに尽力している。


移住直後に事業が頓挫も南相馬市に残留を決意

 2023年7月、東日本大震災後に一度は無人となった福島県南相馬市小高区で、カフェ併設のパン屋とワークスペースが一体となった「アオスバシ」をオープンさせた、一般社団法人オムスビ。カフェ経営の他、Webサイトの作成や運営、Webシステムの開発・導入支援、クラウドファンディング支援など、地域のさまざまな課題の解決につながる、幅広い事業を展開している。

 代表を務める森山貴士氏は大阪府出身。大学卒業後は東京都でITエンジニアとして働いた後、2014年に退職して南相馬市に移住。その後出会った仲間たちと2017年にオムスビを設立した。

 きっかけは宮城県石巻市で開催されたIT関連のイベントだった。「退職してすぐ、友人から一緒に行かないかと誘われたんです。そこで南相馬市でITを活用した人材育成に取り組みたいという人に出会いました。一緒にやりませんかというので話は進んだのですが、いざ私が南相馬市に移住したところ、あの話はなかったことにしてくださいと言われ……」と森山氏は当時を振り返る。

 以前勤めていた会社を退職した理由は、社会全体の教育システムの疑問によるもの。学校で学び経験することと社会で実際に求められることに大きな隔たりがあると感じ、それを解消するためには若いうちから地域や社会課題に触れ、解決に取り組む経験を積むことが有効だと考えていた。だからこそ、東日本大震災後の課題が山積し、新しい仕組みづくりに取り組める可能性を感じる南相馬市への移住は森山氏の目標への道になるはずだった。

 「当然、怒りも覚えましたが、このまま引き下がれないという気持ちもあったんです。前の会社は3年以内なら元のポジションで復職できるシステムがあったので、取りあえず3年はがんばろうと、南相馬市にとどまることを決めました」と話す。


地域の人たちとの交流が増え、見えてきた新たな事業

 Webサイト作成を中心に、得意のIT分野で事業拡大を目指したが、仕事はあるものの作業に見合った収入を得られない時期が続いた。縁もゆかりもない、知り合いもいない地域で貯金はどんどん減り、「ATMでお金を引き下ろせない」という状況まで追い込まれたこともあった。

 そういった苦しい状況の中でも、森山氏は少しずつ自分のやりたいと思ったことを実現していく。ITを武器にした課題解決型人材を育成するために小高商業高校(現・小高産業技術高校)での情報処理などの授業をはじめ、地域のITリテラシー向上や機運醸成を目指した「小高ハッカソン」「IT寺子屋」などの活動を開始。その中で多くの知り合いができ、活動に共感する仲間も増えていったが、それでも森山氏はなかなか地域人材育成の活動に有効打を見いだせず、活動を広げられずにいた。

 そのさなかの、2016年に南相馬市小高区の避難指示が解除。さらに2017年度より小高区内で高校の再開が決定する。まだ地域の商業店舗なども少ない状況で、自分たちでできることはないだろうかと、法人活動の発起人となる花岡高行氏らと話し合った。ITを切り口にした活動が行き詰まる中で、こうした地域への思いを持つ仲間と何か一緒にやってみることが打開策になるのではと考えた森山氏は、このアイデアを実現させようと動き出す。

 「カフェが欲しい、地域の人たちと話ができる場所が欲しいという地域の人の声がアンケートの結果にありました。しかし、店舗を持つとなれば1,000万円近い初期投資が必要です。まずは本当に地域に受け入れられるかを検証するためにも、初期投資を抑えて小さくはじめようと話し合いました」と森山氏は語る。

 中古車を購入し、ホームセンターで部品を調達しキッチンカーに改造。「Odaka Micro Stand Bar」として運用を始める。「土日のみの営業でしたが、市内外、業種問わず多くの人が訪れてくれ、自分も何かしたいという人や、地域に対しての思いや要望を語る人もいました」

 そういった声に応えようと、地域内外の人を巻き込みながら、青空市場の「おむすびマルシェ」や、地域の人たちと一緒に街にソーラーライトを増やしていくキャンペーンなど、多数の取り組みを開始していく。


中古車を改造して造ったキッチンカー「Odaka Micro Stand Bar」


できることを増やしながら地域の復興に貢献する

 「私一人で何かをつくり上げるのは、本当に難しいと感じていましたが、カフェをやることで多くの人とつながり、思いを話し合うことができ、少しずつできることが大きくなっていくことに気づきました」と森山氏は語る。

 このつながりや活動を継続していくために、2017年に一般社団法人として組織化した。法人名のオムスビは「Odaka Micro Stand Bar」の頭文字を取ったもの。日本神話の神の名にもつながっているという。「始めから頭文字でオムスビと読める名前を考えていました。いろんな候補を出していく中で、これから何かを生み出していく小高の現状にも合っているかなと思って、この名前がピッタリかなと思いました」

 2018年には「Odaka Micro Stand Bar」は店舗での営業を開始。Web関連事業も安定し、個人事業の頃から実施していた小高産業技術高校での情報処理などの授業は年間90コマにまで拡大。2022年からは実務家教員に任命され、目標としていたITの人材育成も順調に進めている。そして2023年には、「Odaka Micro Stand Bar」を移転し、新たな地域交流の場として1階が各種パンの販売スペースも併設したカフェ、2階がワークスペースとなっている新店舗「アオスバシ」をスタートした。


小高産業技術高校での情報処理などの授業


 「設立から苦しい時期もありましたが、自分たちができることを少しずつ増やしてきた結果が今につながっていると思います。今後も、地域の人たちと一緒に小高の町を盛り上げていきたい」

 森山氏は人とのつながりを大切に、IT人材育成にも力を入れながら、小高の復興の一躍を担い続けていく。




一般社団法人 オムスビ[福島県南相馬市]
https://omsb.co/