
美里町工場に併設された直売所
1957年創業。看板商品の「鯨大和煮」をはじめ、石巻で水揚げされる魚介を使った水産加工品を製造、販売。東日本大震災で工場と社屋は全壊し、がれきの中から見つかった缶詰を義援金のお礼として配布したところ「希望の缶詰」として話題を呼び、24万缶分ほどを義援金に換える。工場再建後は水産にこだわらず続々と新商品を開発しヒット商品を生み出す。さまざまな企業などとのコラボレーションも積極的に行い、アイドルグループ「いぎなり東北産」とのコラボ商品は高い購買率につながった。
津波で工場が全壊、倉庫にあった大量の缶詰が泥まみれに
1957年に創業し、石巻で水揚げされる魚介を使った缶詰や佃煮といった水産加工品を製造、販売する株式会社木の屋石巻水産。創業以来の看板商品である缶詰の「鯨大和煮」は地元石巻や県内で親しまれている。
東日本大震災の発生で、工場は壊滅的な被害を受けた。一面のがれきの中、鯨大和煮の赤い缶詰を模した巨大な魚油タンクが横倒しになっている姿は、報道でもたびたび映し出された。
営業部課長兼広報担当の松友倫人氏は、「被災後すぐに避難生活を送っていた社員寮にあった食料はわずかで、支援物資もなかなか届かない。生き延びることができるのだろうかという不安に襲われました」と話す。そんな中、倉庫で津波をかぶり泥まみれになった大量の缶詰が見つかる。「見つけた瞬間に、これで飢え死にしなくて済むぞと。その不安がないだけで、どれだけ大きな希望になったかは計り知れません」
株式会社木の屋石巻水産 営業部課長の松友倫人氏
泥まみれの缶詰でも中身は無事。泥を落として、社員たちだけでなく避難生活を送る人たちにも配布し、地域住民の命をつないだ。さらに、会社再建にも大きな役割を果たすことになる。
サバ缶が好きなある飲食店の店主のもと、サバ缶での町おこしを2007年から行っていた東京都世田谷区経堂の商店街では、木の屋石巻水産の「金華さば」の缶詰などを使ったメニューを約10店舗で展開しており、被災直後から心配してくれていた。松友氏が泥まみれの缶詰について話すと、ある飲食店が「中身が無事ならば欲しい」と申し出る。
それならばと、東京都内から石巻に支援物資を運んだ帰りに、空になった荷台に缶詰を積み経堂へ届けた。商品として販売はできないため、義援金のお礼として商店街で配布することとなった。
「希望の缶詰」で工場再建 新商品とコラボで消費拡大を図る
泥まみれの缶詰は、避難所や自宅で避難生活を送る人たちに配布され命をつないだことから、「希望の缶詰」として全国から脚光を浴びる。石巻には缶詰を拾い集めて洗浄するボランティアが、経堂には木の屋石巻水産に寄付する人が押し寄せ、被災前に倉庫にあった100万缶のうち24万缶ほどが義援金に換わった。
それらを原資に被災後も社員の雇用を続け、2013年には経済産業省のグループ補助金も活用して2つの新工場が完成。原料の1次処理や加工を行う石巻本社工場と、商品の製造を行う美里町工場が建設され、美里町工場には直売所も併設された。既存の商品を一つずつ復活させていくと、「希望の缶詰」の認知度から小売店での取り扱いも広がり、2015年9月には東日本大震災発生以前の売上高まで回復を果たした。現在では、サバの缶詰やコウナゴの佃煮など、50種類以上の商品を製造している。
次の目標は、東日本大震災前よりも売上を伸ばすこと。その達成には、魚食や缶詰になじみの薄い若年層の取り込みが必要だった。復興庁の復興・創成インターンシップ事業で「M1層」、「F1層」(20〜34歳の男女)に「刺さる」マーケティング手法をリサーチ。テレビやネットで広告を流すより、SNSの趣味用アカウントに届くよう情報発信する方が効果的なのではないかという仮説にたどり着いた。
「どのようなユーザーに、何を経由した情報発信を行うのが効果的なのか」を学生たちと検証し、2021年にホヤの販促に関する補助金を活用して、アイドルグループ「いぎなり東北産」とのコラボ配信でホヤの缶詰のプロモーションを実施。
配信直後からYouTube経由でネットショップへのアクセスが急増し、実際の購買率を示すCVR(コンバージョン率)も、ECサイトの平均が2〜3%といわれる中、8.5%と高い数値をたたき出した。
さらに翌日からファンが直売所を訪れ、工場や缶詰の写真、味の感想を、グループやメンバーを応援するSNSのアカウントで発信。ファンが商品を広めてくれる理想的な状況が生まれた。
「やってみよう」の姿勢で時代の荒波を乗り越える
看板商品である「鯨大和煮」の訴求につなげるべく、鯨食の発信にも力を入れている。かつて一大捕鯨基地として栄えた鮎川浜があり「鯨の町」として知られる石巻だが、外向けのアピールが不十分だった。
看板商品の「鯨大和煮」
地元では居酒屋でも鯨のメニューが提供されているにもかかわらず、外の人がどこで食べられるのか検索しても何年も前の情報しか出てこないという点に着目した松友氏は、自社で「石巻くじら料理マップ」を作りウェブサイトで公開した。食べに来てもらい、鯨がおいしいと思ってもらえれば、ゆくゆくは自社商品の缶詰の購買につながると先行投資を惜しまない。
新商品開発では水産にこだわらずさまざまな素材を試し、中でも「牛たんデミグラスソース煮込み」はヒット商品になった。資源不足など、水産業を取り巻く環境が厳しさを増す中、早めに魚だけに頼らない商品をそろえることも大きな課題なのだという。
新商品の開発に力を入れることは企業理念の一つでもあり、会社全体が社員の提案や外部からのコラボレーションの依頼にも「やってみよう」という姿勢で臨んでいる。
若い社員の定着も課題だ。毎年1、2人程度の採用で同期が少なく、地域にゆかりのない新入社員が孤独感を抱かないように、他社と連携し地域の中で同期のコミュニティーをつくる取り組みを始めた。
消費動向の変化や資源不足、いつ起きるか分からない災害を乗り越え持続していける会社にするため、鯨食の普及、水産以外の商品開発、若年層の顧客開拓、そして未来を担う社員の定着率向上といった課題に、「やってみよう」の精神で立ち向かう。
株式会社 木の屋石巻水産[宮城県石巻市]
https://www.kinoya.co.jp/