第3弾 自然・文化を生かした体験プログラムで地域のファンを獲得(特定非営利活動法人 体験村・たのはたネットワーク)

「サッパ船アドベンチャーズ」の様子


 「日本一の海岸美」といわれる大断崖がある田野畑村において、2008年に設立。観光客に地域の多面的な魅力を伝えるため、小型船によるクルーズなど、自然・文化を満喫できる体験プログラムを提供している。東日本大震災によって船が流失したものの、「震災後も変わらぬ街を見てもらいたい」という思いから、3カ月後にはプログラムを再開。被災者による語り部プログラムなども新たに開発し、参加者数を伸ばしている。


地域の多様な魅力を伝える「体験プログラム」を提供

 岩手県田野畑村は、「日本一の海岸美」とも称される高さ200mの大断崖で有名な地域だ。高度経済成長期の頃は、毎日のように団体の観光客が押し寄せていたが、バブル崩壊によって団体客は減少。田野畑村に滞在する時間も減り、景色を楽しんだ後は現地で消費活動を行わず、そのまま帰ってしまう観光客が多くなったという。

 そこで観光客に、漁業などの1次産業や、歴史・文化を体験してもらい、田野畑村での消費活動を促すため、2003年に体験村・たのはた推進協議会が設立された。現理事長の楠田拓郎氏は、元々東京で働いていたが、旅行好きが高じて2006年に自然豊かな田野畑村に移住。地元漁師が操る小型の磯船の「サッパ船」でのクルーズ体験など、観光客向けの体験プログラムの提供に参画した。

 徐々にメディアに取り上げられるようになったことで、年々集客数が増加した。2008年には特定非営利活動法人体験村・たのはたネットワークを設立。楠田氏が事務局長に就任する。さらなる集客に向けた準備をしていたところ、東日本大震災が発生した。


理事長の楠田拓郎氏


 津波により、漁船のほとんどが流失。ただ幸いにも、サッパ船体験を受け入れていた漁師やその家族は無事だった。当時を振り返り、楠田氏は「震災後、海の調査をした漁師さんが『人工物は壊れていても、自然の景色はほとんど変わっていなかった』とおっしゃったのが印象的でした。この言葉を聞いて、早く体験プログラムを再開しなければと感じました」と語る。

 震災から1カ月後の4月には、中古漁船業者から6隻の小型船を買い付け、7月には体験プログラムを再開。ゴールデンウイーク前には交通インフラが復旧していたこともあり、徐々に観光客も回復したという。


プログラム中の「人との触れ合い」が地域への愛着を生む

 体験プログラムで重要視しているのが「人との触れ合い」だ。船長である漁師には、プログラムで見るべきポイントや、土地の歴史や魅力など最低限伝えるべき内容以外は、自由に話していいと伝えている。一方で協力いただく地域住民が顧客と自然に接することができるよう、運営側としてサポートも欠かさない。

 「例えば最も参加者が多い体験プログラム『サッパ船アドベンチャーズ』では、地元の漁師さんが船長を務め、高さ200mの断崖を真下から仰ぎ見るコースを案内します。ただ漁師さんはシャイで朴訥(ぼくとつ)な方が多いので、『自由に話して』とお願いするだけでは不十分な場合もあります。そのため、最初は運営スタッフもサッパ船に同乗し、船長にお客さんが聞きたがっていそうな質問を振るなど、会話のキャッチボールがスムーズになるよう意識しています。漁師さんの漁や海の話を聞いて、観光客が『すごい』と歓声を上げてくれるのが、漁師さんのやりがいにつながっているようです」と楠田氏。

 その他、遊歩道をガイドと歩く「みちのく潮風トレイルガイド」や、電動アシスト自転車で地質や地形を感じるルートを走る「ジオトレイルサイクリング」などもある。

 地域の文化や歴史を伝えるプログラムも人気だ。「大津波語り部」は、東日本大震災の被災者が自らの体験を語りながら現地を案内する。2011年より開始し、「サッパ船アドベンチャーズ」に次ぐ実績となっている。他にも「番屋の塩づくり体験」では、海水を煮詰めて作る直煮(じきに)製法による塩作りが体験でき、子どもや孫と一緒に参加する人の多くから、「海水からこんなに真っ白の塩ができるんだ」と驚きの声が寄せられている。


「大津波語り部」で、震災当時の様子を説明する語り部


地域全体の協力が持続可能な観光地づくりのカギ

 体験プログラムによって、観光客が田野畑村を訪れる目的や楽しみ方が拡大。さらに復興応援ツアーや連続テレビドラマの舞台になった影響もあり、2013年度には全プログラム合計の年間体験者数が過去最高の約1万4,000人を記録した。

 しかし、その後は徐々に減少。さらに2019年末からは新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって、旅行や観光が自粛されたことで、観光客数はさらに減った。2019年度から4期連続で、震災直後の数字をも下回る状況が続いたという。2022年以降は少しずつ回復のフェーズに入っているが、国内各地の観光地で、観光客の争奪戦になることは必至だ。楠田氏は顧客から選ばれる観光地になるよう、「DMO法人(観光地域づくり法人)」の設立を見据えている。

 DMO法人とは、地域の食や自然、文化などの観光資源を活用し、関係者と共同して観光地域づくりを行う法人のこと。これまでは事業者や産業ごとに個別で取り組んできた観光施策を、DMO法人を中心に地域全体で協力・連携することで、地域活性化を目指す役割がある。

 人口減少や少子高齢化などの課題に直面する中、国内におけるDMO法人の重要性は高まっている。国内のDMO法人では、複数の都道府県で広域組織を設立し、地域の特産物を活用したブランディングを実施し、インバウンド客の受け入れ数を伸ばしている事例もある。
DMO法人設立後は国からの補助金なども活用しやすくなるため、インフラの整備や設備の改修など、持続的に観光客が訪れるような地域づくりに取り組み、観光客の獲得を目指す予定だという。

 「ほとんどの方にとって、旅行は年に数回程度のイベント。リピーターの獲得が難しい分野だと思います。そうした数少ないチャンスの中で田野畑村に来ていただくためには、地域全体で連携し、持続可能な観光地づくりが重要だと考えています」




特定非営利活動法人 体験村・たのはたネットワーク[岩手県田野畑村]
https://tanohata-taiken.jp/