
「CAS刺身個食パック」
品質の高い三陸の魚介を全国に流通させるため、2001年に鮮魚のネット販売を始め、2004年に法人設立。船上のネットカメラで漁を中継するなど、ICTを活用した直販事業を展開していたが、東日本大震災をきっかけに冷凍に着目。鮮度を維持する冷凍方法を生かし、流水ですばやく解凍できる冷凍刺身「CAS刺身個食パック」を開発した。コロナ禍で品質の良い魚介を好きな時に欲しい量だけ仕入れたい飲食店からの引き合いもあり、ヒット商品に。現在は海外展開に乗り出すとともに、市場に出回らない魚の活用も進めている。
魚介ならではの特性が全国流通を阻む要因に
八木健一郎氏は北里大学水産学部(現・海洋生命科学部)への進学をきっかけに、岩手県大船渡市三陸町で大学生活を送った。卒業後、「品質の高い三陸の魚介が、どうして正当な価格で売れないんだろう」と疑問を抱いた八木氏は、三陸の魚介をより多くの人に知ってもらうため、2004年に有限会社三陸とれたて市場を設立する。
代表取締役の八木健一郎氏
まず魚介の産地としての認知度を高める必要があると考え、漁船ライブカメラや船上タイムセールなどを実施。ICTを活用して、当時の水産業では前例の少ないインターネット産直事業を立ち上げた。
取り組みの成果が上がる一方、課題も見つかった。「ライブ映像を見て思わず買ったものの、どう食べていいか分からない」「魚を調理した後の生ごみの処理が面倒」――こうした魚介ならではの特性が、売れない要因の一つとなっていた。
「新鮮な魚を産地から直送するという本来ポジティブなものが、受け取った側ではネガティブなものになることもある。その構造を改善しなければ、消費者はついてこないと思いました」(八木氏)
そんな課題と向き合っていた中で2011年3月、東日本大震災が発生した。港は壊滅状態となり、三陸とれたて市場でも生産設備が全て流失する被害を受けた。
「被災した街を見て、日常はこんなにもろかったのかと考えました。そんな中、知人の漁業者が刺し網(魚の通り道に仕掛ける帯状の網)を海に入れたところ、大量の魚が取れたそうなんです。『早く商売を始めろ。魚が呼んでいるぞ』と知人からハッパをかけられたことで、このままではいけないと感じ、被災から1カ月後には事業を再開しました」と八木氏。
立て直しを図るため、その日取れた魚を詰めて届ける「三陸復興おまかせ特別便」を開始した。すると全国から注文が殺到し、水揚げしてすぐに成約する状況が続いた。
魚介の鮮度を維持しながら冷凍。8年かけて商品開発
東日本大震災の影響で流通の復旧めどが見込めない状況で、予測不能な事態にも対応できる事業構築の必要性を感じていた。そんな中、ある生産者から「冷凍」の取り扱いを勧められた。魚介の鮮度を落とさない冷凍技術を探したところ、「CAS(CELLS ALIVE SYSTEM)」に出合った。
CAS技術を搭載した凍結機
CASとは、冷凍庫内に磁場を発生させて水分子を細かく振動させることで、冷凍による組織破壊を防ぎ、解凍後も鮮度を維持できる凍結技術だ。東日本大震災の前より「せっかく買った魚介がすぐに傷んでしまう」「さばいた後の処理が大変」といった課題を感じていたこともあり、CAS技術を搭載した凍結機を導入した。
解凍後もできるだけ凍結前に近い鮮度に戻るよう、冷凍手順の調整を繰り返した。試行錯誤の末、魚種ごとに異なる筋肉特性などが解凍品質に大きな影響を与えることが判明した。そこで、それぞれの魚に適した水揚げ方法や保管条件、下処理方法の開発など、凍結前のフローから見直した結果、鮮度を最大限維持する新たな冷凍手順にたどり着いた。
納得の行く冷凍手順にはたどり着いた。だが、これはスタート地点に過ぎなかった。新鮮さが魅力の三陸の魚介を、あえて冷凍状態で買うメリットを顧客に伝える必要があった。消費者に受け入れられる商品の開発は、苦労の連続だった。一時期は漁師料理の総菜を冷凍食品として売り出したが、冷凍の価値が十分に伝わらず、八木氏いわく「鳴かず飛ばず」だったとか。
冷凍技術を取り入れてから約8年後の2019年、ようやく現在の看板商品に当たる「CAS刺身個食パック」にたどり着いた。1人前50gの魚介が小分けパックに入れられており、流水に当てれば数分で解凍できる商品だ。解凍や処理の手間なくいつでも日本料理店で出される刺身のようなおいしさを味わえることから、顧客に冷凍ならではの価値を提供できると確信したという。
三陸の魚介を加工する様子
コロナ禍、食の需要変化によりヒット商品に。未利用魚の活用にも貢献
「CAS刺身個食パック」をリリースしたのは、新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた2020年2月。外出自粛などで食品業界向けの展示会などが中止となり、認知拡大は絶望的な状況に思われたが、本格的なコロナ禍で飲食業界が苦境に陥ったことで、フードロスを減らせる点や、安定して高品質の食材を確保できる点から一躍脚光を浴びるように。都内の高級日本料理店などから引き合いが相次ぎ、2022年には累計20万パックを超える売り上げを達成した。
さらに、取れた魚介を無駄なく流通させるため、サイズの不ぞろい等の理由で流通されない「未利用魚」や、市場価値が低い「低利用魚」など、市場に出回らず廃棄されている魚の活用を始めた。
CAS技術で冷凍した魚介は、流水に当てて数分で解凍でき、生ごみなどは発生しない。その気軽さから、認知度が低かったり、珍しかったりする未利用魚・低利用魚にも手を伸ばしやすくなると考えたのだ。そこで、従来は廃棄されていたホシエイの肝を商品化したところ、フォアグラのような濃厚ながら口当たりのいい脂が評判に。高級日本料理店の板前からも引き合いがあった。また近年動物愛護の観点から批判されることもあるフォアグラとは異なり、持続可能性があり、資源を無駄なく活用できるという側面でも好意的に受け入れられているという。
「二束三文」どころか、廃棄されていた素材が、凍結技術によって高級食材にも生まれ変わる。ホシエイの肝が好評だったことで、次の原石を探し当てるのが楽しみになりました」と話す八木氏。魚介類の枯渇が懸念される時代、魚介のおいしさと新鮮さを維持し、必要最低限の量を最大価値化して世界に売る三陸とれたて市場の事業スタイルは、これからの水産業に欠かせないものになるだろう。
有限会社 三陸とれたて市場[岩手県大船渡市]
https://www.sanrikutoretate.com/