第11弾 「復興」から「発信基地」へ、新しい農業の可能性を拓く(農業生産法人 株式会社やまもとファームみらい野)

出荷前の収穫された野菜たち


 平坦な土地に広がる農地が壊滅的な被害を受けた宮城沿岸最南端のまち、山元町。2015年、農業の再生を目指して100haという広大な農地に機械化・IT化を整備し、農業法人が設立された。しかし、思うように業績が上がらず、赤字が続く。そこで経営改革を託されたのが、JA全農みやぎ職員として再生計画の立案に携わった馬場仁さんだった。


絶望的な悪条件もあきらめない

 馬場仁さんはJA全農の職員で当時は宮城県本部管理部に勤め、各地区の再生プランを立てる立場だった。山元町を含む仙南地区は仙台市など中心部に比べ復旧が遅れていたが、2014年1月に行政、生産者、JAによるプロジェクトチームが発足。100haの農地を活用して営農再開への道を歩み始めた。

 「これが大変でした」と馬場さんが振り返る。100haといえば北海道を除いてほとんど前例がない規模だ。しかも土壌調査をすると砂地で地下水の水位が高いなど、絶望的に条件が悪かった。「しかし逃げちゃだめだと、その強い気持ちは全員が持っていました」。連日の議論の末に作物は地元で経験のある6種類とし、大規模な機械化と、GPSを活用した自動運転トラクターなどIT化を取り入れ、通常より長い10年計画を立てた。地権者約500人全員の合意を取り付けて2014年10月に農地造成を開始。2015年7月に山元町出身の島田孝雄さんを代表とする農業生産法人「やまもとファームみらい野」を創設した。

 2014年に試験的に作付けしたサツマイモとタマネギは散々の出来だった。土壌改良を繰り返し2015年から少しずつ売り上げが出たものの、巨額の赤字は膨らむばかり。2020年、経営改革のため常務取締役に抜擢されたのが馬場さんだ。これまで裏方として支えてきたが、一気に現場のど真ん中に立つことになった。「計画を作った責任上、何が何でも巻き返さなければと熱くなりました」。


販路開拓と現場改革で黒字転換

 最初の仕事はタマネギとサツマイモの納入先の開拓だった。地元の小売りはすでに棚が埋まっていて、分け入るのは難しい。タマネギは北海道に乗り込んだ。北海道で地元産が出回るのは早生種でも8月からで、7月は輸入に頼る状況と知り「ここに入れる」と踏んだ。社長の人脈をたどり、加工用として契約先が見つかった。加工向け出荷はネット詰めが不要なため人件費も大幅に削減できる。加工用は青果用より売値が安いが、栽培体系・品種の選定と規模を生かして損益分岐点を超える出荷が可能だった。

 サツマイモは香港へ輸出のめどがついた。この頃九州で基腐(もとぐされ)病がまん延し生産量が安定しない中、甘みがあり品質の良い同社のサツマイモが重宝された。「温暖な地域の作物ですが、地温の低い宮城で作るとデンプンの分解がゆっくり進み糖度が上がることが分かりました」と馬場さん。皮がむけやすく、扱いが難しいことから初めは失敗を繰り返したが、コツをつかみ今後の主力として期待が持てるという。

 生産現場の改革にも腕を振るった。震災前それぞれ自立した農家だった従業員は、昔ながらの感覚的な農業から脱却できずにいた。しかし、馬場さんはここにメスを入れる。作業内容の詳細をすべてデータ化し、そのデータからリスクを洗いだした。最適な管理体制による生産性向上のための目標値をロジック化・数値化し、毎週火曜日に社員に共有、現状課題の対策や次の目標設定変更等の工程管理がルーティーン化した。「経験豊富なベテランですから納得しないと認めてくれません。話を聞いてもらえるよう、何より信頼関係を築く努力しました」と馬場さん。取組は奏功し、赴任初年度で見事に黒字転換を達成した。


農業生産法人 株式会社やまもとファームみらい野 常務取締役/馬場仁さん

被災した農地に“価値”を付ける

 現在はタマネギの更なる生産効率を上げるため、あらかじめ苗を育てるのではなく種を畑に直接まく「直播(ちょくはん)」方式に挑戦中だ。2022年は全国的にタマネギが不作だが、同社は土壌改良の効果もあって計画通りの収量を上げ、新たな取引先の獲得にも成功した。サツマイモは輸出が好調な実績から国内でも売り上げを急増させ、大手コンビニとの契約が実現。自社で加工製造する干し芋は、町が認証する「山元ブランド認証商品」にもなった。今後は、需要が多いネギの生産改善にも力を入れる。

 馬場さんは、あるとき島田社長が「もうダメだと何度も思った」と語った続きの言葉が忘れられない。「でも俺たちは農地に価値を付けるためにやってるんだ、だから投げ出せね」と。被災した町に雇用を生むだけが目的ではなかった、と馬場さんは心を動かされた。「これを聞いて私の覚悟が決まりました」。

 やまもとファームの農業は被災地の復興を目指したが、今やそれを超えて「発信基地」へと進化しつつある。タマネギの直播栽培は全国から注目され視察が相次ぎ、サツマイモ栽培も最先端を追求し飛躍を目指す。目下の目標は、利益を増やして給料を上げ「社員全員が高級車に乗れることだね」と茶目っ気たっぷりに笑う。「新しい東北」復興・創生の星顕彰を受賞し「大変名誉なこと。従業員一同、明るい気持ちになりました」とほおを緩ませた。




農業生産法人 株式会社やまもとファームみらい野[宮城県亘理郡山元町]
https://yamamoto-farm-miraino.com/