第10弾 「放射能から子どもを守りたい」児童養護施設の支援に奔走(NPO法人福島県の児童養護施設の子どもの健康を考える会)

健康手帳を受け取る卒園間際の高校生


 看護師として世界の貧困地域や開発途上国を旅しながら、格差や不平等への違和感を胸に抱き続けた澤田和美さん。福島第一原発事故が起き、不平等や不条理が自分の足元にもあった事実に愕然としたという。仕事を投げうって福島へ移り、専門性を活かして児童養護施設の子どもたちのための活動を始めた。「新しい東北」復興・創生の星顕彰の受賞にあたり、「自分で声を上げられない子どもに寄り添いたくて続けてきた活動。光を当てていただきありがたい」と話した。


目の前で起きていた不条理

 「冒険好きの看護師だったの」といたずらっぽく笑う澤田和美さん。1982年に看護大学を卒業するとフィリピンのへき地、バングラデシュ、セネガルなどを飛び回り、大学院で小児看護学を修め、東京医科歯科大で教壇に立った。どこにいても澤田さんの心を占めたのは「格差への違和感」だった。「なぜ不平等が起きるのか」という疑問が膨らみ続けた。福島第一原発事故が起きたときは大学教員だった。何よりショックを受けたのは「東京の電気が福島から供給されていた事実」だ。「海外にばかり目を向けていたけれど目の前にこんな不平等、不条理が起きていた。しかも自分はそれをまったく知らなかったじゃないか」と。

 小児看護の専門家として何かしなければならない。澤田さんは2011年8月、人脈をたどって福島市の児童養護施設・青葉学園を訪ねた。当時、福島県内の公立学校は校庭の除染が進められていたが、養護施設にはまだ行政の手が回っていなかった。澤田さんはすぐ除染費用のための寄付集めに動くと同時に、同園職員向けに子どもへの放射能の影響について医療的見地から助言する活動を始めた。その後仕事を辞めて2012年4月に福島へ移り、10月に仲間とともに「NPO法人福島県の児童養護施設の子どもの健康を考える会」を設立する。


甲状腺エコー検査と健康手帳

 事故当時福島県内には8つの児童養護施設があり、2~18歳までの約450人が暮らしていた。「彼らは自分の意志で居住地を移ることができないうえに、震災直後は親代わりである職員は健康のことまで手が回りません。今専門家が動かなくてどうする、という気持ちでした」。法人としてまずは、施設敷地の線量測定と子どもの内部被ばくを調べるための尿中セシウム検査を実施した。その後、住民票を児童養護施設に異動できなかったために公的検査を受けられなかった子どもがいたことから超音波診断装置を購入し、全員の甲状腺エコー検査を始める。子どもたちの不安を少しでも払拭するため、甲状腺がある場所や形状、働き、がんの早期発見・治療のために検査が役に立つことなどを分かりやすく伝える紙芝居も作成した。

 検査結果はその都度本人と施設に通知されたが、澤田さんらは健康に関する情報を一つにまとめるべきと考えた。入所者は親を頼れず自分の体の状況を把握しなければならなかった。母子手帳を持っていない子もいるからだ。一人ひとりの各種検査・検診結果、予防接種の履歴などをファイルして「健康手帳」と名付け、卒園時に手渡すことにした。するとこれは単なる記録にとどまらず、「子どもにとって施設で大切に育てられてきたしるしになる」と施設からも歓迎されたという。現在は情報管理のデジタル化を実現し、卒園時にデータをプリントアウトして綴じた健康手帳に、体温計や缶入り絆創膏、病気やケガの手当の方法を伝えるハンドブックをセットにして渡し、送り出している。


NPO法人福島県の児童養護施設の子どもの健康を考える会 共同代表理事/澤田和美さん

「あなたは大切な存在」と伝え続ける

 関わりが長くなるにつれ、澤田さんは卒園生への一歩踏み込んだ支援の必要性を感じるようになった。施設出身者が除染作業や居住制限区域の解体作業に就いたり、日雇いで不安定な生活を強いられたりする現実があるからだ。そこで2019年、卒園生を支援する一般社団法人すこやかの会ふくしまを設立した。強引にコンタクトを取るのではなく困ったときの拠り所になればと、卒園時に会のSNSへつながる二次元コードを知らせ「放射線のこと、健康のことで心配があったら相談できます」と記載した。さらに年に1回食料支援を行っているが、これは「あなたをずっと気にかけているよ」と本気で伝えるためでもある。

 澤田さんはその専門性から健康を切り口に施設の子どものサポートを行ってきたが、「卒園生には仕事や生活、健康など多様な悩みを一元的に受け止める支援が必要」と強調する。これからは施設出身者のアフターケアを専門に行う人材の育成に少しでも役に立ちたいと考える。

  養護施設出身者が社会で厳しい壁にぶつかることは少なくない。卒園生が連絡をしてこなくても「あなたは大切な存在」と伝え続け、自分を大事にしてくれることを願う。「彼らがこの世の中でどう生きていくか」澤田さんの胸にあるのはそのことばかりだ。




NPO法人福島県の児童養護施設の子どもの健康を考える会[福島県福島市]
http://www.fukujidou.org/