
復興への願いを込めて名付けたコチョウラン「hope white」
福島第一原発事故により全村避難を余儀なくされた福島県葛尾村。住人が少しずつ戻ったとき、主幹産業だった農業・畜産業・林業はいずれも放射能汚染の風評被害にさらされた。「故郷を蘇らせたい」と地元出身の兄弟が立ち上がり、コチョウランの生産を始めた。作り手のリーダーとして抜擢されたのが、群馬県出身の丸山剛史さんだ。
全村避難から故郷復活へ
葛尾村は農業、畜産、林業を主な産業とする山あいの村だ。2011年の福島第一原発事故により行政機関ごと全村避難を行った。帰還困難区域を除いて避難指示が解除されたのは2016年6月。農業の復興を目指そうにも、放射能汚染に関する風評被害が立ちはだかる。「口に入れない花なら、故郷の農業を救えるのではないか」と通年出荷できるコチョウラン栽培に目を付けたのが、地元に戻っていた松本政美さんと、その弟で再生可能エネルギー事業等の株式会社メディオテック(東京)を経営する秀守さんだった。
メディオテックは、取引のあるコチョウランの国内仲卸最大手のアートグリーン株式会社に相談を持ち掛け、葛尾村での栽培の可能性に好感触を得る。一方で葛尾村に対しても事業提案を行い、前向きな回答を得ていた。プロジェクトが始動し2017年1月、メディアテックと政美さん、帰村した若者2人によってかつらお胡蝶蘭合同会社を設立。村が福島再生加速化交付金制度を活用してハウスを建設し、同社が無償で借り受ける形で事業をスタートさせた。全村避難から復興を目指す村に、雇用と名産品を同時に生み出す夢の始まりだ。栽培を始めた2018年1月、農園管理責任者として丸山剛史さんが招かれた。
「よそ者・若者」の農園管理責任者
丸山さんは群馬出身。地元にある大手電機メーカーの関連会社でコチョウラン栽培のリーダーを務め、アートグリーンとも日頃関わりがあった。10年キャリアを積んだ後に退職したが、これが折しも、かつらお胡蝶蘭の創設と同時期。栽培技術を見込んだアートグリーンから「福島に来ない?」と声をかけられ、丸山さんは二つ返事で承諾した。
農園は150坪の大型ハウス4棟からなる。毎月4700株ほどの苗を仕入れて育て、6ヵ月後に美しく仕立てて出荷する。全員が初心者の従業員に、柔らかく傷つきやすい花の扱いを覚えてもらうのは大変だ。しかしこの地でコチョウランを育ててみせると腹を括っていた丸山さんは「よそ者だから」「若いから」と臆することなく粘り強く指導した。同社のコチョウランは復興への願いを込めて「ホープホワイト」と名付けられブランド化。2019年には埼玉県鴻巣市で開かれた品評会で最高賞である「埼玉県知事賞」を受賞するほど、品質も広く認められるようになった。
ランは温暖な気候を好むため、真冬に氷点下10度まで下がる葛尾村では光熱費が大きなコストとなる。新型コロナによる打撃も追い打ちとなったが、2021年には初めて黒字転換を達成した。光熱費を減らせない中で業績を伸ばした要因は、ひとえに品質の向上だ。「花弁の大きさ、厚み、1本の茎につける花の数によって売れる価格が決まります。一鉢一鉢を目標の質に高めることが、会社全体でできるようになってきた」と丸山さんは喜ぶ。
かつらお胡蝶蘭合同会社 農園管理責任者/丸山剛史さん
葛尾を一大産地に!「ホープホワイト」の夢
初出荷から5年目、「まだ伸びしろばかり」と話す丸山さん。改善できることは全部やって正規品率を上げ、平均品質を上げる。それによってブランドイメージや信用度が上がり、店頭のストック用にも安心して購入してもらえる。「そこまでいくと市場で値崩れしない確固としたブランドになれます!」。
東北ではほとんど生産実績のなかったコチョウランだが、実は夏に夜間気温がしっかり下がることで輪数を増やしやすいメリットがあると分かってきたそう。また花が大きく肉厚に育つ要因は、標高が高く紫外線量が多いからではないかと考えている。「東北でも高品質のランが作れるということを発信したい」と意気込む。
同社には「葛尾をランの一大産地にする」という大きな夢がある。農園を研修場所として独立を目指す若手を育成し、村内外に多くのコチョウラン園を誕生させたい。しかし現状は厳しく、2011年の避難から帰村する若者は少ない。同社の従業員もほとんどが高齢者だ。「でも手をこまねいているわけにはいかない」と丸山さん。商品の品質を上げて利幅を大きくし、収益をアップして村内外から憧れと注目の的になれば未来につながるはずだ。コチョウランが葛尾村や福島県浜通りの魅力を伝える入り口となるよう、地道な作業を積み重ねる。「新しい東北」復興・創生の星顕彰の受賞について「未経験から始めた事業で苦労も多かったですが、頑張ってきてよかった。光栄です」と笑顔で語った。
かつらお胡蝶蘭合同会社[福島県双葉郡葛尾村]
https://hopewhite.jp/