第8弾 身一つから切り拓いた道、「気仙沼をローカルのモデルに!」(一般社団法人まるオフィス)

気仙沼の高校生と未来社会を語るワークショップ


 東日本大震災が起きたのは大学卒業の目前。「俺が行くしかないと“勘違い使命感”が湧いて」。加藤拓馬さんは身一つで気仙沼市唐桑に入った。以来11年、目の前にある課題と向き合い、地域を巻き込んで仕事を生みだし、悩み迷いながら突き進んできた。「新しい東北」復興・創生の星顕彰の受賞にあたり「地域の皆さんが自分ごととして喜んでくれたことが一番うれしい」と話す。


理屈なし、とにかく現場へ!

 加藤さんが迷わず被災地へ向かった背景には、学生時代のボランティア体験がある。中国の山間部にあるハンセン病療養村で快復者をサポートする活動を通して「現場でしか分からないことがある」と身をもって知ったという。「震災が起きて、理屈なしにとにかく現場へ行かなければと思いました」。唐桑地区へ入りがれき撤去や避難所支援の毎日。滞在が長くなるにつれて地元になじみ、住人から本音や弱音を打ち明けられる存在になっていく。半年後がれきは片付いたが「よそ者だからこそ、まちのためにできることがある」と、残ることを決めた。

 一番気になっていたのは住人のしぼんだ気力だ。彼らは「頑張れ」と激励されることに疲れていた。前向きになれない住人のために何ができるかと考えた加藤さんは、地元の元気な大人の活動を発信するミニコミ誌を発行したり、住人に県外からのお客さんを案内してもらうまちあるきイベントを開いたりした。「唐桑なんか何もない」という住人に地元の魅力を再発見してもらいたかった。思いは通じ、住人自ら地域の歴史や名所を雄弁に語り始めるなど活気が芽吹き始めた。「ここにないものを持ってこなくても、もともとあるものを組み合わせれば新たな価値を創造できる」。この気づきが、その後の加藤さんのまちづくり活動の原点となる。


「地元に戻れよ」と言うのを止める

 加藤さんは震災復興からまちづくりへ視点を移し活動を広げていく。2013年、気仙沼市から復興支援員を委嘱され、まちづくりの担い手育成を目的に講座やワークショップを精力的に開催しはじめた。この取組は後に若者向け人材育成プログラム「ぬま塾」「ぬま大学」に発展し現在も続く。2014年からは観光客向けに漁師体験ツアーを実施。好評だったが「都会の人に喜ばれることも大事だが、喫緊の後継者不足を何とかしなければ」と参加対象を地元中学生に切り替えた。2015年に一般社団法人まるオフィスを設立し、2016年気仙沼市移住・定住支援センターMINATOの運営を受託する。これにより資金面の安定を得たことは大きな進歩だ。若者人材育成、漁師体験、移住・定住支援がまるオフィスの三本柱となった。

 思い入れが強かったのは中学生向け漁師体験だ。漁業や浜の暮らしの魅力を伝え、将来地元で活躍する人材を育てようと全力で取り組んだ。ところが、中学生との交流が深まるにつれ「自分は彼らの未来を縛っているのでは」と疑問が膨らんだという。気仙沼の未来を若者に託したいのなら、夢を狭めるのではなくむしろ選択肢を増やすべきだ。育てられ応援された経験があってこそ、生涯にわたってふるさとと良い関係を結べるはず。「だから、僕は『将来Uターンしろよ』というのを止めました」。そして、加藤さんは2017年ごろから中学・高校生向けの探究学習の取組を始める。


一般社団法人まるオフィス 代表理事/加藤拓馬さん

探究学習が育てるまちの担い手

 探究学習は、自ら立てた「問い」に対して課題解決の方法を探り、実際にアクションを起こす中で学ぶもの。文科省の高校学習指導要領では2022年から導入されたが、加藤さんはこれに先んじて独自に取り組んだ。生き生きと個性を発揮し始める中高生の姿に手ごたえを感じ、気仙沼市長と教育長へ「学校の授業として探究学習を取り入れてほしい」と直談判。その結果、市は「探究学習支援事業」を採択し、まるオフィスは2020年度から市内の小中学校で授業をサポートしている。高校生向けには「気仙沼の高校生マイプロジェクトアワード」を主催し、4年連続で全国大会へ出場する宮城県代表者を輩出中だ。
 地方の小さな町には「子どもに勉強させると都会へ出て戻ってこなくなってしまう」と考える大人も少なくない。「でも探究学習を続けることで、そうではないと証明したい」と加藤さんは意気込む。

 2022年に刷新した法人のミッションは「地元の課題を学びに変える」。ローカルが発展するためには、関係人口が増えなければならない。「面白い大人が外部から流入する状況は、実は震災直後に起きていた」と加藤さん。アイデアと情熱を持った大人が次々と被災地にやってきて地元住人と交わり、本気のチャレンジを繰り返した。「あの動きを平時にも起こしたい」。できるんですか、と思わず問うと加藤さんは「だから『課題を学びに変える』のです」。気仙沼には課題が満載だ。課題を面白い学びに変えるシステムを創り、気仙沼を元気なローカルのモデルにしてみせる。道はまだ続く。




一般社団法人まるオフィス [宮城県気仙沼市]
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