第6弾 官民協働のエリアマネジメントで真新しいまちに賑わいを(株式会社キャッセン大船渡)

東日本大震災が発生した3月11日に合わせて実施している「キャッセン竹灯り」
 商業施設の店主や地域住民らが竹の切り出しから手掛け、祈りをささげる


 大船渡市の賑わいの中心「キャッセン大船渡エリア」。アースカラーを基調とした商業施設や宿泊施設などが集積する同エリアの中央に位置する「商店街区」には地元の飲食店や商店が軒を連ね、まだ若い木々が広場を彩る。地元住民が普段の買い物に訪れ、週末にはイベント目当てに観光客も足を運ぶ。津波で被災した街の再生を目指し、「エリアマネジメント」の手法を用いて整備した。運営を担うのは官民連携によって誕生したまちづくり会社・キャッセン大船渡だ。


親しみやすい“商店街”をつくる

 大船渡地区は大船渡市の水産業・商業の中心だ。リアス海岸特有の山が海にせり出すような地形で、勾配の強い海岸沿いに住宅や商店街、工場などが寄り添って建っていた。東日本大震災の津波は、地区の海側にあった商店街を丸ごと流し去った。市は、BRT(Bus Rapid Transit /専用道を走るバス)として再開したJR大船渡線より海側の10.4haを津波復興拠点整備事業区域(災害危険区域第1種)に指定して、居住を不可とし、商業・業務の拠点として整備することを決め、新たに設立するまちづくり会社がエリア全体の活性化やテナント運営、賑わい創出などを担う「エリアマネジメント」方式を導入した。2015年、マネジメントを行う株式会社キャッセン大船渡を官民の出資により設立。代表取締役には当初、暫定的に戸田公明市長が就いたが、2016年に地元で会社を経営する田村滿さんが引き継いだ。
 新会社は、事業の一つとして、被災した地元商店などの再建の場となる商業施設の開業へ向けて準備を進めた。「大手資本によるショッピングモールではなく、昔からあるような親しみやすい商店街を目指しました」と田村さん。しかし震災前から高齢化、シャッター街化の課題に直面していた商店街を、単純に復旧したのでは発展は難しい。田村さんらは全国の魅力的な商店街を視察して回り、知見を深めた。そして、遠来の観光客ばかりをターゲットにせず、地元住民が毎日集って買い物や散策、イベントを楽しむエリアを作ろうと議論を重ねていった。そして、2017年4月、地元事業者を中心に約30店舗が入居してキャッセン大船渡の「キャッセンモール&パティオ」「キャッセンフードヴィレッジ」がオープン。通りを挟んで向かい合わせに軒を連ねる、商店街のような商業施設が誕生した。「きゃっせん」は地元の方言で「いらっしゃい」の意味だ。


100年後の大船渡人に引き継ぐまちづくり

 キャッセン大船渡の最大のテーマは「100年後の大船渡人に引き継ぐまちづくり」だ。そのために次世代の人材を育成しようと考えて行っている事業が「大船渡まちもり大学」。さまざまな実践者を講師に招いて勉強会を重ねている。最近では、参加者が自主的にプロジェクトチームを立ち上げてイベントの企画・開催やSNS発信をするなど、取り組みのすそ野が広がっている。他にも施設内各店舗や住民を巻き込みながら、地域コミュニティを育てる大小さまざまなイベントを開催。これらのエリアマネジメント事業は高く評価され、2017年に日本都市計画家協会「日本まちづくり大賞」、21年度は総務省「ふるさとづくり大賞・団体表彰」を受賞した。
 最新の取り組みの一つは防災観光アドベンチャーゲーム「あの日」だ。キャッセン大船渡周辺を歩きながらスマートフォンで二次元バーコードを読み込むとゲームが進み、最後は指定緊急避難場所の加茂神社へたどり着く。「避難途中に動けない高齢者と遭遇したら」など災害時に実際に迫られる選択が示されたり、商店主が震災時に役に立った知恵を方言を交えて紹介したり、大人にも子どもにも役に立つ内容だ。「楽しみながら津波と避難について知り、考えるきっかけにしてもらいたい」と田村さんは話す。


株式会社キャッセン大船渡 代表取締役/田村滿さん(右)、まちづくりプロデューサー/千葉隆治さん(左)

個々の店舗が力をつけ、まちの魅力を高める

 キャッセン大船渡の設立と商業エリアの整備は当初から官民協働で行われた。市が9つの街区からなる津波復興拠点区域(市有地)の地代を積算法によって算出した通常地代より減額し、借地人は減額分の一部をエリアマネジメント分担金として拠出。キャッセン大船渡はこの分担金と直接運営する商店街区のテナント賃料を運営資金の一部として活用する。市の収入は少なくなるが、民間の活力を育て結果として将来の税収アップにつなげようという試みだ。田村さんは「市が思い切って民間に託してくれた。担当課と密接に連携しながら、自由度高く民間らしい運営ができている」と喜ぶ。震災前の商店街と違って店舗が賃貸で入居するため、閉業や撤退となった際も店を入れ替えればシャッターを下ろさずに済むこともメリットだ。

  「キャッセンが発展するためには、個々の店舗が強くならなければ」。常々そう考えていた田村さんの思いに呼応するかのように、入居するテナントは2022年に入り「テナント会」を結成した。これによってテナント会が独自企画を実施するなど自主的な動きが活発になりつつある。「各店と運営上の課題も共有できるようになった。どの店舗ももう『被災者』ではなく、自力が試されるフェーズに入っていると意識していると思う」。
  「個々の店舗が個性を発揮してファンを作ることができれば、10年後のキャッセンは非常に面白くなっている」と田村さんは笑顔を見せる。「まちも店も人でできている。人の魅力が伝われば人は来てくれる」。「新しい東北」復興・創生の星顕彰の受賞に際し、「キャッセンのことを知ってもらえるのが何よりうれしい。ぜひ多くの人に大船渡へ来て楽しんでいただきたい」と話した。




株式会社キャッセン大船渡 [岩手県大船渡市]
https://kyassen.co.jp/