Cheer Up! Project Vol.1クラフトビールで拓く石巻のダイバーシティ~イシノマキ・ファームが目指す地域と事業の未来とは イベントレポート
一般社団法人イシノマキ・ファームは、東日本大震災で浸水した休耕地などを活用して石巻市北上町でホップの生産に挑み、「巻風エール」などのクラフトビールをリリースするなど、ホップ、ビールを軸に事業を拡げてきました。また、農業の活動の中では、「中間的就労支援」や「農村留学プログラム」など、地域内外の人々が関われる取組も行ってきました。
2022年7月には石巻市の中心地で映画館の跡地を活用し、市内初のブルワリー「ISHINOMAKI HOP WORKS」を開設。2024年2月にはブルワリーに併設するタップルームもオープンし、活動場所を拡げています。
「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン」(多様性、公平性、包括性)を掲げるイシノマキ・ファームが、ホップやビールで事業を拡げながら、様々な人に関わる機会を創っていくために、どのような活動が今後期待されるのでしょうか。一般社団法人イシノマキ・ファーム代表理事の高橋由佳さんをゲストに迎え、参加者のみなさんとともに考えました。また、アドバイザーとしてイー・リゾート代表の釼持勝さんも加わり、地域発の取組から事業を伸ばす道筋についても意見を交わしました。
挑戦者プレゼン
高橋 由佳 氏(一般社団法人イシノマキ・ファーム代表理事/ISHINOMAKI HOP WORKS 代表)

高橋さんは、二輪メーカーでモータースポーツの運営に関わりながら、自身もレーシングカートのワークスドライバーとして活躍されました。その後、教育・福祉分野の専門職を経て、2016年に「一般社団法人イシノマキ・ファーム」を設立。ホップ栽培を中心とした農業をはじめ、クラフトビールの製造販売も行なっています。
高橋さんは、「自分がレースに参加していた時に学んだチームビルディングの経験は、現在の経営、地域活動、そしてコミュニティ作りにおいても重要であることを、活動を通じて理解しました。私はチェッカーフラッグを振られるまでは諦めないし、可能性を信じて仕事をしています」とコメントしてくださいました。
法人の概要について、「もともとは、『農を通じて多様な人々が暮らすまちづくり』をテーマに活動していました。ホップ栽培は10株くらい預かったのが始まりです。ホップの花言葉が『希望』だったので、津波で荒れた農地、そこで働く人々が元気になることを願い育てました。最初の頃は大変な苦労がありましたが、7年、8年が経ち、ようやく元気に育っています。また、私たちは石巻市からの委託を受けて、『石巻市農業担い手センター』を運営して新規に就農する方々の支援を伴奏型で行っています。ソーシャルファーム(グローバリズムの本流の制御をめざす『社会的連帯経済』や不利な立場にある人々の生き方や就労をビジネスの手法で支えていく仕組み。同一労働条件・同一賃金で平等に働き続ける場)との出会いがありました。この仕組みを知った時に自分のやりたかったことはこれだ、と感じました」と話してくださいました。現在、農福連携・中間的就労支援・農村留学プログラム・人材育成など、精力的に活動されています。
ソーシャルファームとホップの栽培・クラフトビールについて、「東北の中で宮城県だけがホップ栽培農家の継承がなく、私たちが唯一のホップ農家になっています。様々な分析を行いながら、石巻に合うホップを改良し続け、ようやくグリーンカーテンが美しく見える風景を作り出すことができました。皆さんからたくさんの応援をいただいていますが、ホップは石巻産なのにビールの製造元が岩手県であることについて、石巻を応援したいという方々から疑問の声が上がっていました。私たちは、お金も醸造する技術もなかったので、いつかはと思っていたのですけども、『日活パール劇場』という街の真ん中にある石巻市最後の映画館が私の心を動かしました。苦労はありましたが2022年7月にビール醸造所を作ることができました。古き良きものを残すということは、この街に何があったのかがわかると思います。隣に地域交流型のタップルームもできました。地域の色々な人が懐かしがって来てくれます。いつも色々な方がここでサービングしてくれてありがたいです」と話してくださいました。
高橋さんは新たに、「ダイバーシティいしのまき」をビジョンに掲げて株式会社を設立。メンバーシップ制度を作っていく予定です。最後に高橋さんは、「社会性と経済性の両輪で支えることは、社会的な不利を抱える人々の幸福価値につながると考えています。私たちは石巻という地域の強みを生かしていきたいと思っています。地域ならではのクラフトビールだからこそクラフトと言えると思います。私たちは規模拡大や進出ではなく、石巻というシビックプライドを大事にし、ローカルで多くの人々が石巻を訪れるように努めます。ホップのグリーンカーテンがいつまでも美しく保つためには、皆さんがビールを飲んで応援してくれること、ビールの先に農業があること、生産者が頑張っていることを共感してもらうことが重要です。私たちは、このクラフトビールが街づくりの一部となることを目指していきたいなと思っています。『ダイバーシティいしのまき』には多様な人々がいます。皆さんも含まれており、困難を抱えている方もいます。でも、好きと得意を実現できる働き方を私たちは皆さんと一緒に作り上げていきたいと思っています。応援どうぞよろしくお願いいたします」と語ってくださいました。
アドバイザーコメント
釼持 勝 氏(イー・リゾート 代表)

釼持さんは、クラフトビールを取り巻く環境について話してくださいました。「日本で作っている酒類課税移出量の推移は減っています。理由は簡単で、1人当たりの酒類の消費量が減ってきている、性別・年代別に見たときに飲酒習慣の変化があります。ビールメーカーなど様々な調査結果によると、お酒を一滴も飲まない人たちが5割を超えているようです。
なぜこんなことになったのかというと、実質所得が下がり続けている日本の中の状況というのがあります。お酒は嗜好品です。嗜好品というのは収入自体が減ってきたときに必ず最初に切られるものです。また、実質賃金指数推移の国際比較、一人当たりGDP、ビッグマック指数、実質為替レートの低下は嗜好品や余暇の足を引っ張っています。
そんな中、酒類製造免許場数は増えています。クラフトビールのシェア自体は、全体のビールの消費量の中の1%までいっていないというような状況ですが、これは逆に捉えていくならば、まだまだ良くなる余地が十分にあります。クラフトの出荷数量も2019年度比2割増になっています。最近の日本産酒類の輸出動向も伸びています。」
また、外部環境の中で、クラフトビール的なものが浸透していった地域であろうと思われる米国ワシントン州、シアトル周辺の情報も紹介してくださいました。
トークセッション

ここから、登壇者と参加者、ナビゲーターの原亮(エイチタス株式会社)、日本地ビール協会理事長の山本祐輔さんも交えて、特定のお題にそって意見を述べ合うトークセッションが行われました。
「事業を進めていく中で、失敗や悩みはどんなところがありますか」「ダイバーシティとして、クラフトビールを楽しむことで関わる人々、当事者の多様性について意識することはありますか」「障害を持った方や生活保護、生活困窮からの就労について、ご意見や事例などあれば伺いたい」「クラフトビールの流通は缶と瓶どちらが優位でしょうか」などの質問があり、活発な議論が展開されました。
高橋さんは、「農業を始めた当初、地域の方々から心配の声がありました。その後、多くの方々から手伝いや応援をいただきましたが、それでも『どうやって収益を上げるのか、ホップだけで』といった様々な意見に心が折れそうになることもありました。しかし、自分がやりたいと思ったことを、チェッカーフラッグが振られるまで続けたいという思いがありました」とコメントしてくださいました。
釼持さんは、「地域の水産加工業者さんを含めて、様々な食材を提供してくれる方々がいるというパターンで考えていた場合に、今後の可能性で出てくると思われるのがペアリングだと思います。一つ一つの料理に合わせて最適な酒が提供される非日常的体験の世界が今、日本酒まで来ています。クラフトビールでも必ず楽しいペアリングが出てきます」とコメント。
山本さんはイシノマキ・ファームの取り組みについて、「ビールの原料は、クラフトビールを含めて大半が輸入品で占められています。国産の原料を使い始めたのはつい最近のことなので、早い時期にホップという作物に気づかれ、ビールを作ろうという発想に至ったことは非常にユニークだと思います。ただ、お話を伺っていると、就労支援なども行っているようですので、それは当然の理にかなった展開だとも思いました」とコメントしてくださいました。
今回のセッションを通してクラフトビールとダイバーシティの可能性が示され、盛況のうちにトークセッションは終了となりました。
参考リンク
会議概要
- 日時:2024年7月11日(木) 19:30-21:30
- 形式:Zoomミーティングによるオンライン会議
- 参加者数:43名
- 主催:復興庁
- 企画運営:エイチタス株式会社