東日本大震災後間もなく発足した一般社団法人三陸ひとつなぎ自然学校は、地域資源にスポットを当てた体験プログラムの提供などを通じて地域の魅力の発信や関係人口の創出、人材の育成を行っている。そのコンセプトは、「地域のために立ち上がり、挑戦する人が多いまち、釜石」だ。取り組みの核には常に、釜石と共に生きてきた人々の存在があった。

三菱商事復興支援財団と福島県郡山市が連携協定を結び、2015年にスタートさせた「ふくしまワイナリープロジェクト」。その目的は、果樹農業の6次産業化を支援し、福島県の特産品である果物の生産・加工・販売までを一体運営する新たな事業モデルを構築すること。郡山市に誕生した「ふくしま逢瀬ワイナリー」が“くだもの王国”福島県に新たな彩をそえる。

1999年、フリースクールからその活動をスタートさせた、特定非営利活動法人ビーンズふくしまでは、震災および原発事故による大きな混乱が続く中、被災した子どもの居場所づくりや学習支援、親子の心のケア、県外避難者親子の支援などに注力。行政・民間・市民の連携によって、地域で子どもを支える新たなコミュニティ再生を目指している。

2018年7月に開設された「石巻圏域子ども・若者総合相談センター」の運営を、宮城県から委託されたNPO法人TEDIC。代表理事の門馬優氏は、被災地の子どもの学習支援に入ったことをきっかけに自身の進路を大きく変え、石巻の子どもたちの支援に全力を傾けるようになった。その門馬氏の人物像に迫る。

岩手県宮古市の海沿いに位置する宮古工業高校では、生徒たちが模型で津波の恐ろしさを伝える「津波模型班」という活動を行っている。地図や地形図をもとに作成した地域の立体模型に大量の水を流すことで、津波の浸水域や正しい避難場所を示し、防災について考えてもらう取り組みだ。担当教員の山野目弘氏は今まで、市の内外の小・中学校やイベントなどで模型を使った「出前授業」を15年間にわたって行ってきたという。

福島第一原子力発電所の事故により全町避難を強いられた福島県浪江町。その浪江町で高齢者・障害児の通所施設を運営していた特定非営利活動法人Jinの代表、川村博氏は、避難当初からずっと“帰還後の浪江町”のことを考え続けていた。避難指示解除後、いち早く帰還した川村氏が手掛けた事業は意外なものだった。

津波で被害を受けた宮城県仙台市若林区の農業支援のために、大学生を中心として結成された一般社団法人ReRoots。若者ならではの視点で展開する取り組みには、「豊かな農村を未来に継承したい」という強い意識があった。

宮城県仙台市あすと長町地区に拠点を置く「つながりデザインセンター・あすと長町(愛称・つなセン)」は、地域のコミュニティ形成を推進する組織だ。地域住民同士のつながりを活性化し、共助の仕組みをつくるためのヒントは、地域の集会所にあった。

東日本大震災で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町。その地に立つ「南三陸ホテル観洋」は2011年8月から、ホテルスタッフが語り部ガイドを務め、町を案内するという「語り部バス」の運行を開始。一日も休むことなく活動を継続する中、「新しい東北」復興・創生顕彰に応募した動機は何なのだろうか。

岩手県陸前高田市の広田町をベースに、町や町の人と、全国の大学生とを結びつける「ひとづくり×まちづくり」事業を展開している特定非営利活動法人SET。東日本大震災直後から積み重ねた活動が徐々に町全体に浸透する中、「新しい東北」復興・創生顕彰に応募した真意を聞いた。