2014年4月に立ち上げた「訪問看護ステーションなごみ」。「つくる会」の主な収益を担っているのが、この訪問看護事業だ。訪問看護に携わる看護師や作業療法士など専門知識・技能を持つスタッフは、「深刻な精神科医療の問題を抱えた地元の住民の役に立ちたい」という志をもって活動に従事している。

震災と原発事故から7年半が過ぎ、かつて避難指示が発令された福島県沿岸部の地域の中には、避難指示が解除され、徐々に住民の帰還が進んでいる場所もある。だが、仮に故郷に戻れても生活再建への道のりは多難だ。

観光体験プログラム「ちょいのぞき気仙沼」が現在、直面している課題。その1つは、視察などを目的に参加する団体客に比べ、個人客の動員に苦戦していることだ。2017年度の個人客は全体(約3,000人)の1/3ほどにとどまった。

漁に使う巨大なロープや金具、タコを捕まえるカゴ。約8mの高さまで積み上げられた、魚を入れる発泡スチロール製の魚箱。重さ100Kgを超える四角い氷の塊。見たことのない光景に、子どもたちが目を丸くする。

コミュニティの再構築などを目的に始めた、オーガニックコットンの栽培と収穫。通称、「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」。吉田さん率いるザ・ピープルが直面した課題の1つは、国内での原綿の卸価格が想定外に低いことだった。

太陽の光が差すコットン農園に、言葉を交わしながら農作業する人たちの笑い声があふれる。優しい茶色を帯びたコットンは、「備中茶綿」という珍しい日本在来種だ。NPO法人ザ・ピープル(いわき市)は、いわき市内の農家や有志に呼びかけ、2012年4月から有機農法でのコットン栽培を始めた。環境に配慮した方法でのコットンの栽培を通して、人々の交流の場をつくることを目的にした取り組みだ。

「逃げろー!」。突如、大きな声が響き渡った。紙芝居をしながら大声を出す男性の一挙手一投足に、子どもたちが息を飲むように見入っている。これは、大船渡津波伝承館が実施している津波の脅威と避難の大切さを伝える活動の一幕だ。

巨大な濁流が建物を次々となぎ倒し、そこにあったはずの町が跡形もなく飲み込まれていく。震災発生当日の2011年3月11日に、大船渡市で撮影された映像だ。JR大船渡駅前にある大船渡市防災観光交流センターでは、当時の被災の様子を伝えるこうした貴重な映像や写真が今も展示され、津波の恐怖や防災の重要性を後世につなごうとしている。

一帯が色鮮やかな緑色に光り輝く農園で、手足が不自由な障害者たちが黙々と苗を植えたり、懸命に収穫作業を行っている。震災後に発足した遠野まごころネットが、同県大槌町と釜石市、遠野市に切り拓いた農園の風景だ。